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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
二十五章 破滅の道へ
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過去と今

―ゴンザレス 宿屋 夜―

「誰か助けてぇぇぇぇ!」


 俺が宿屋に帰るや否や、そんな嘆きが聞こえてきた。俺は子供の小鳥をあやした後で既にくたくただったが、困っている女は放っておけない。


(やれやれ、こっちの世界でも亜樹はうるせぇ)


 玄関から入って、俺は声のする方へと向かった。そこは、亜樹の部屋的な場所だ。ここで彼女は生活している。

 俺が部屋を覗くと、亜樹は座布団の上で正座をして裁縫をしていた。そして、すぐに俺に気付いて困憊し切った表情を浮かべた。


「お帰りなさぁ~い……ゴン~ふわぁぁ……」


 女子とは程遠い。間抜けな顔で大欠伸。変に気取るよりは、親近感はある。でも、もう少し女子力って奴を身につけるべきだとも思う。


「お前に裁縫は無理だろ」

「うっさい! あんたのお仲間の服のボタンを直してるんだよ! でもさ、出来ないんだよ!」


 相当フラストレーションが蓄積しているようだ。床に寝そべって、駄々をこねる子供の用に足をドタバダとさせ始めた。見えてはいけないものが、見えてしまうではないか。


「おーい、俺がやってやろうか?」


 怪我した小鳥の世話をしてくれた恩がある。苦手なことを押しつけるつもりは毛頭ない。俺が優しい提案をすると、亜樹は幸福に包み込まれた表情を俺に向けた。分かりやすい奴め。


「ありがと~もう永遠に裁縫しないといけないかと思ったよぉ~」


 亜樹は、俺に直しかけの服を寝転がったまま差し出した。俺はそれを受け取って、どんな様子になっているのかを確認する。


(これはひでぇ……)


 ボタンの穴に適当に通された糸。グチャグチャになって、あらゆる所にコブが出来ている。


「直す気あった? これ」

「あったよ!」


 亜樹は床を殴った。


(あったのか)


 この程度なら幼稚園児でも出来そうだ。そして、全世界の不器用な人々を安心させてくれそうだ。こんな奴がいるのか、だったら俺はまだマシな方だな、的な。


「これくらい、ちょちょいのちょいよ。ちょっとハサミ」


 俺は糸切りハサミを手渡すように、亜樹に促した。亜樹は少し不満げな表情で、俺にハサミをくれた。


(まずは糸全部取るか)


 こんなにもコブになってしまったものを再度使うようにするには、かなり面倒だ。最初からやってしまった方がいい。


「はい、新しい糸くれ」


 手術をやってる気分だ。今度は新しい糸を手渡すように促す。


「どうぞ」


 怒り口調は変わらない。それでも新しい糸はくれた。どうやら、さっき俺が直す気あったの? と言ったことに対して怒ってるようだ。これでも一生懸命やったのに……的な感情を抱いているのかもしれない。


「うっし」


 小学生の時、先生から言われたことを思い出しながらやった。全て二重丸を取るために、俺は実技を必死こいてやったもんだ。結果として、学年一の女子力を持つ男になってしまった。


「本当に出来るの?」

「料理も洗濯も裁縫も出来っから」


(でも、父さんはそれでも俺を認めてはくれなかった。文武両道してやったってのに……くっそ)


 思い出してイライラしてきた。過去はいつだって重い。


「ほい、出来た」


 イライラしながらも、俺は無事ボタンつけに成功した。呼吸するように出来る。玉止めをしてきつく引っ張った。これでもう大丈夫。


「なんか腹立つ!」

「玉止め玉結び、穴に針を通す順番はちゃんとしましょうね~」


 俺は、満面の笑みを亜樹に向けてやった。


『いつか絶対あんた抜かしてやるから!』

『抜かしてみろよ、ま、お前に抜かされる俺じゃない』

『そうやってまた見下す! 仮にも彼女でしょうよ、亜樹は!』

『ごめんごめん』


 懐かしい、煽り合いの日々。もう帰れないし戻れない。俺が突き放して捨てた存在。違う世界とは言え、会えるとは思わなかった。


「嫌味な奴! 顔がそっくりでも彼とは大違い」

「彼? あ~」


 顔がそっくりな時点であいつしかいない。残念ながら、今なら俺の方が随分とマシだと思う。自分で言うのもあれだが。


「元気かなぁ」


(びっくりするくらい元気だ。病的にね)


 俺は守りたい。俺が失った世界とよく似たこの世界を。小鳥が愛するこの世界を。あいつ為だけじゃない、俺の為にも。やっと見つけた俺の答え。誤魔化していた自己の思いを、純粋に自分の意思にする。やるべきことだけは、果たすつもりだ。

***

―自室 夜―

「おい、小僧。まったく状況について行けぬが、何故俺はあそこから出られた?」


 僕のベットで眠る彼は言った。


「どうしてだと思いますか?」

「それが分からねぇから聞いてるんだよ。一体どれだけの時が経ったってんだ……全く状況が違ってやがる。これが城? 随分と様変わりしちまったもんだねぇ。お前は……権力者か」

「そんな所です」


(無駄に話すつもりなんて一つもない……さっさと終わらせよう)


「いまいち信用なんねぇな」

「大丈夫です、今に……信用も不安も僕が全て奪ってあげますからぁ!」


 僕は、ベットで寝たままの彼に手を向けた。


「な!」


 彼の体が薄緑色に発光し始める。


「アハッハハハハッハ!」


 思うように出来るのが愉快だった。彼に体の自由はないし、咄嗟のことで魔法すら使うことも出来ないだろう。そして、彼は魔法の使い方など忘れてしまったのではないだろうか。二百年近く何もしていないのだから。


「きさ……ま……」


 これだけの魔力、体が老いてもとんでもない年数生きていられる訳だ。残っている魔力だけで、後百年近く生きられそうだ。


「お前は役に立てる! 無駄な命を捧げることが出来るんだよ! アッハッハハッハッハハッハ!」


(熊鷹……だから、君は生きるんだ)


 集めた魔力を球体にしていく。これなら熊鷹もまた天寿を全う出来る。命はいつだって犠牲の上に成り立つものだ。それを今、僕が証明していこう。

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