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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
二十五章 破滅の道へ
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常識のない空間

―牢屋前 夜―

 死刑囚の情報を見た後、僕は地下牢獄へと来た。僕の顔を見た見張り達は、驚いた顔を浮かべる。そして、右側に立つ見張りが言う。


「巽様? こんな所に何の御用で?」


 見張りは前来た時とは違っていた。時間帯と日付を定期的に交替しているようだ。同じ人物が、やり続けるという訳にもいかないから当然だ。


「最期の面会って所だよ」


 見張り達が顔を見合わせる。僕が何の目的でここに来たのか、ある程度は理解したという所だろうか。


「そ、そうですか……ですが、この牢獄は今の巽様の体には無理があるのでは?」


 左側に立つ見張りが言った。


「もう治療して貰ったから大丈夫だよ」


 この牢屋は、古より伝わる技術で作られている。魔法が存在し、扱うこの国ではただ拘束するだけは罪人達を捕らえておくことは出来ない。彼らの大半はこんな陰気な場所にいることを嫌う。どんな手段を使ってでも出ようとするものだ。だから、昔の人々が考えたのだ。人間が扱う魔法の効果を遮断するこの空間を。

 どんな魔法でさえも、どんな名の知れた者でも、ここではただの人間当然。魔力は消費されることのないまま体に蓄積していく。故に彼らの寿命は他の者より長い。今日、僕が見た資料でも昔からいる者は百歳を超えている。かつての僕は悩んだものだ。どうして、先代の王達は彼らに何もしなかったのかと。


「魔力が溢れ過ぎている空間ですし、治療後に何かしらのことがあっても……」


 右側の見張りが心配そうに言った。


「不敬罪って知ってる?」


 僕がそう言うと、見張り達は固まった。

 ちなみにこの牢屋に入る条件は、主に二つある。人の命を複数殺めた上で一切の反省が見られない者、そして王に対して不敬な行為を犯した者が入る場所だ。先々代の王の時は後者が多かったと資料に書いてあった。その者達は即座に処刑されていた。前者の方は、放置だったようだが。


「あ、いえ、いや……」

「ど、どうぞ!」


 彼らは、急いで牢屋の扉を開けた。


(不敬罪なんて王の切り札だね……化け物の力を使ってもいいけど、牢屋に入って当たり前の奴なんて嫌だし。あ、でも入る前にこれだけは使わないと)


「ありがとう。これで、当たり前だけど寅丸さんはもう自由の身だよね」

「巽様がそう言うのならそうです!」

「無礼な真似を失礼しました……」


 僕は彼らに微笑んで、牢屋へと入った。入り間際に、彼らから鍵を受け取った。


(相変わらず暗いな)


 入っているだけで気分がどんよりとしてくる。冷たい、暗い、あらゆる最悪の条件がここに揃っている。


(えっと……史上最悪の殺人鬼さんがいるのは……ここか)


 入口とそんなに離れていない位置に彼はいた。僕は囁くように言う。


「こんばんは、寅丸さん」


 微かな光だけが、彼の入っている牢を照らしている。彼の姿は既によぼよぼのおじいちゃんだった。年齢は二三十歳だ。

 かつて彼は、財産目当てで家族を殺した。それで味を占めてしまった彼は、友人や恋人にまで手をかけた。一切の反省は見られず、彼は地下牢獄送りになった。

 ここでは食事は提供されない。つまり魔力を糧に生きていくしかない。しかし、ほとんど動かず魔法も使わない彼らにはそれでも魔力は余る。彼みたいに、元々の魔力が大きかったらこうなってしまう。


「あ? 誰だてめぇ」


 言葉遣いだけは昔のままみたいだ。あぐらをかいた格好のまま、鋭い目つきで僕を睨む。


「おめでとうございます。貴方は釈放です」


 名乗るつもりなどない。どうせ名乗った所で彼はすぐに僕のことなんて、すぐに忘れてしまうのだから。


「え? あ? どういうこ――」

「シッ、あまり大きな声を出さないで下さい。さぁ行きましょう」


 僕は鉄格子の鍵を開けた。無機質な音を立てて、扉は開かれる。長い年月閉ざされたままだったその扉は、僕の前に簡単に開かれた。突然のことに、彼は状況を飲み込めていないようだった。

 ここは魔力は使えないし、外からの魔法の影響も受けない。つまり、僕が植えつけた常識はここにいる者達には通じない。ここを一歩出てかけ直せばいい話だが、そんな面倒なことをする必要はない。


「行きましょうって言われても、俺はしばらく歩いてない。わりぃが兄ちゃんよ、俺を背負っとくれ」

「いいでしょう」


 彼は僕に向かって両手を伸ばした。こんな汚いただの罪人を背負いたくはないが、仕方ないだろう。少しの辛抱だ。僕は彼に向かって背を向けた。すると、すぐにずっしりと重たくなる。


「外に出たら、少しお話をしましょう」


 それが、彼にとって最期になる人との関わり。自由などないと、彼が感じるのはいつになるだろうか。いや、きっと感じることもないまま旅立つことになる。それが、罪人である彼が唯一貢献出来ること。


「お、おう……」


 僕は彼を背負ったまま、牢屋を出た。当然だが誰にも咎められることはなかった。

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