恐怖から成り立つ
―自室 夕刻―
部屋に戻ると、何故かゴンザレスがいた。ゴンザレスは、泣きわめく子供の小鳥を抱いてあやしていた。
「お~よしよし。何で泣いてんのか全然分かんねーけど、とりあえず巽最低だな!」
僕を横目にゴンザレスが言った。
「とりあえずで、僕を侮辱するのはやめて貰えないかな」
「俺の神推測はよく当たんだよ。絶対、こいつ泣かしたのお前だろ」
「さぁ、勝手に泣き出したんだ」
「やっぱお前のせいじゃん」
ゴンザレスが小鳥を抱きながら、くるくると回る。小鳥は確かに子供だが、そんなので笑顔になるのは赤子くらいだろう。
「うるさいなぁ……」
泣き声が頭に響いて割れそうだ。大体、なんで専属使用人風情が僕の部屋でろくに仕事もせずに、泣きわめいているのか。
部屋にはまだ味噌汁の臭いが染みついているし、絨毯には具が散らばっている。
「お前、昔の俺に負けず劣らずの屑だな! 昔の俺もドン引きだわ! サイテー! 純粋無垢な子供を泣かせるなんて! ホント、男子って嫌ね!」
ゴンザレスは突然、女口調で語りだす。真面目にしたいのか、ふざけたいのか、相変わらず掴めない奴だ。面倒臭いので、僕は話を変えることにした。
「で……なんでお前がここにいる」
「そ~れはちょっとあれだな……お前にとっても俺にとっても。小鳥、すまんがちょっとこいつ借りるぜ。後で、煮るなり焼くなり好きにしていいから。凍てつかせた後、百度の湯で釜茹でにしても俺が許す。よし、行くぞ」
ゴンザレスは、まだ泣き続ける小鳥を降ろし、頭を撫でて言った。
氷の魔法で冷えた体に熱湯はこたえる。体感温度の百度は百度ではないだろう。心臓が衝撃を受けて、とまってしまうかもしれない。それは、僕にとってありえないけど。
「小鳥にそんなこと……出来る訳ないだろ。小鳥は優しいから、誰かを傷付けることなんて出来ないんだよ。フフフ……それにね、王にそんなことしたら許されないでしょ。そんなことをする奴には、僕が言えばどうにでも出来ちゃうよ」
ゴンザレスが冗談で言ったことは承知している。それでもあえて、大真面目に言ったのは小鳥に恐怖を植えつける為。主従関係は恐怖から成り立つものだ。米国の人間と機械の主従関係は間違いなく恐怖だった。
(かつての立派な大国も逆らう者を容赦なく殺し、見世物にした。そうすることで逆らえばどうなるのかという恐怖を植えつけ……あれ、立派な大国ってどこの国のことだ? まぁいいか)
「……はぁ、いいから行くぞ。馬鹿が」
ゴンザレスは怒りを顔に滲ませながら、力強く僕の腕を握り扉を蹴飛ばすと、そのまま僕を連れ出した。