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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
二十五章 破滅の道へ
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さようなら

―美月の部屋 夕刻―

 既に先客がいた。それは、美月の専属使用人の熊鷹だった。眠る美月に手を向けて、目を瞑っている。その熊鷹の体は、薄緑に発光していた。


(あぁ……なるほど)


 熊鷹が自身の力を美月に分け与えているのは明らかだった。そちらに力を注ぎ過ぎて、僕の存在に気付いていないようだが。


(熊鷹がこうやってくれてたお陰で……フフ、無駄なことを。自らの命を削る禁忌に触れてまでやるとは、専属使用人の鏡だ)


 熊鷹は、いつからこれをやっていたのだろうか。美月は眠っている間、栄養を摂取することは出来ない。無理矢理食べさせるか、僕が美月の分まで食べるか、それだけしか方法はない。

 しかし、命を顧みず行動すればいくらでも方法はある。その内の一つが、熊鷹のやっていることだ。父上が、随分と前に禁忌魔法に指定したものだ。まぁ、彼ら鳥族の国籍はあくまで鳥族が支配する上空の蒼穹(そうきゅう)の国にある。だから、彼にとってはそんなに罪の意識はないのかもしれない。今、この国にいる限りは守らなければならないはずだが。


(僕と同じ……)


 しかし、僕はこの国に生まれ生き続けているのにも関わらず、様々な禁忌に触れてきた。その禁忌の被害者が禁忌で救われている美月だ。

 僕がこう眺めている間にも、熊鷹の力は美月に注ぎ込まれている。美月の体も発光し、それを受け入れている。


「ううっ……」


 突然、熊鷹が倒れた。二人の体から光は消えた。ベットの陰に隠れてしまった熊鷹は中々起き上がってこない。死んだ訳ではないが、相当な魔力を美月に注いできたのかもしれない。それが無駄だと分からないのが可哀想だ。


『お前、馬鹿だ。それでも王になる奴か』


 奪われていた記憶の中にあった熊鷹との思い出、幼い僕と最初に出会った時のことだ。熊鷹の名前を上手く言えなくて僕は「くまたこ」と呼んだのだ。それに、腹が立った熊鷹に言われた。

 僕はその響きを気に入って、名前をちゃんと呼べるようになってもくまたこと呼び続けた。ちゃんと熊鷹と呼ぶようになったのは、記憶を奪われてからだ。


「本当に馬鹿なのは君じゃないか」


 僕は、まだ倒れたままの熊鷹の所へと歩いて行った。熊鷹は相当、危険な様子に見えた。肩で息をして、焦点の定まらない目をこちらに向けている。


「駄目だよ……そんな勝手なこと」


 僕は熊鷹の目線に合わせて、しゃがみ込んだ。


「た……」


 命の灯、このままでは消えてしまうだろう。魔力を一瞬で極端に失う行為を続ければ、確実に死ぬ。生命力と魔力は比例する。


「美月の夢の中に君は絶対にいる。そんな君がいない世界なんて……美月が悲しむだろう。君がそばにいてやらないと、美月は駄目になる。婚約者もいるかもしれないけど、こんな時にさえ顔を見に来てない。そんな奴に、美月を任せてやれるものか。君が……美月を支えるんだ」


 眠る美月が見ている夢、それは美月の思い描く明るい世界。きっと、そこには化け物も十六夜もいない。その世界を実現する為には、熊鷹は必要な存在だ。

 僕は熊鷹の顎を掴み、無理矢理目線を合わせた。


「僕のこの目は普通かい?」

「普通では……ないですかっ! ごほっごほっ!」


(そうか……鳥族も酒を飲むんだ。良かった。なら……)


「美月と共に生きるんだ、それがお前の出来ること……禁忌に触れるな。それが当たり前のことでしょ」

「そりゃ……そうで……」


 言葉の途中で熊鷹の体から力が抜けた。多分、これ以上誰かと話すのも動くのも危険だ。本人の意思が美月と生きることに変わったとしても、体はそうはならないはず。なら、僕が他の誰かから力を奪い熊鷹に与えるまでだ。


「小鳥はまだかな……掃除と肉は」


 子供の小鳥には汚れてしまった部屋の掃除、大人の小鳥には肉を持ってくるよう頼んだ。


(そういえば、なんで味噌汁だったんだろう。やめてほしいものだ)


 僕は熊鷹をそっと床に眠らせた。ここなら入口から見た時、いてもバレることはない。


(そろそろ戻るか)


 僕は立ち上がり、美月の頭を撫でた。穏やかに眠る美月の顔を見ると、こう思った。


(嫌味な美月の方がずっといいや。穏やかな美月なんて……気味が悪いよ)


 嗚呼、本当に。もう会えないことは分かっている。僕が僕として会えることは、もう永遠にないのだろう。それは僕が選んだ道であり、未来だ。今更拒絶することはない。美月にとってこの世界は悪夢だ。夢から覚めれば、もう、その悪夢は終わっている。


「さようなら、美月」


 僕はそう呟いて、扉を開けた。

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