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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
一章 変わらない世界
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言いつけのままに

―自室 夜―

「駄目だ。もう書く内容が思いつかない……」


 僕は、椅子を回転させながら思考を巡らせる。しかし、一度思い悩んだことはそう簡単には解決しない。まだ六行ほど残っている。全部書かないと見栄えが悪い。


(でもなぁ、食事しか楽しかった思い出がないんだよなぁ。後は堅苦しい内容だったし。退屈だったんだよねぇ。あ~どうしよう)


 その時、自室の扉を叩く音がした。その音に驚いて自分が回っていることを忘れ、立ち上がった。結果、目眩に襲われてその場に跪く形となった。

 そして、相手は僕の返答を待たぬまま、勢いよく扉を開け入ってきた。


(マズイ! というか、僕の返答くらい待ってよ!)


 僕は入ってきた相手を確認する為、顔だけ上げる。


「あわわ! ど、どうされたんですか、たつみ様!」


 突然入ってきた人物は、興津大臣だった。彼女は口に両手を当て驚いている。


(驚いたのはこっちだよ……)


 僕は床を見て視線を一点に集中させながら、ゆっくりと立ち上がる。


「あははっ、ちょっと疲労の目眩がね。全然大丈夫だから気にしないで。それより……僕に何か用があって来たんだよね? わざわざ、僕の自室にまで出向いて来たんだから」


(ちょうどいい誤魔化し方かもしれない。椅子で回ってて、急に立ったものだから倒れてた、なんて恥ずかしいし言いたくもない)


「えっ、あっ、はい! す、すいません。ご迷惑でしたよね。でも、どうしてもお礼が言いたくて」


 おどおどと自信も元気も感じられないその声は、少し震えていた。


「お礼? あ、もしかして、今日の会合の資料のこと?」

「はい……」


 これは二人しか知らないことだが、彼女が今日の会合で発表した内容は僕がまとめたものだ。

 会合が決まったのは今朝だった。それ故に、まだ大臣に就任して一カ月にも満たない彼女には、資料の作成は難しいのではと僕は考えた。彼女の場合は、特に。

 案外、自分に分かっていることを人にも分かりやすく伝えたり、簡潔にまとめたりというのは、すぐに出来るようになるものではない。それなりに慣れが必要だ。僕もまだ完璧とまではいかないが。


「基本会合三つの原則で、資料作成、起立報告、威儀を正すっていうのがあるのは君も知ってるだろうけど、一番面倒なのは資料作成だからね。悩んではいないかな? と思って、覗いてみたら、案の定って感じだったし」

「本当に情けないです、私なんかより巽様の方が忙しいって分かってたのに。それに、自分の仕事だからちゃんと自分でやらないといけないのも分かってたのに……本当に申し訳ないです。そして、ありがとうございました」


 彼女は頭を下げた。


「いいって。分からない時は、素直に周りの誰かに頼るべきだよ。別に恥ずかしいことじゃないだろう?」


 頭を下げたまま彼女は、搾り出すように言った。


「でも頼ったら……」


(嗚呼、そうか彼女は知っているんだ。周囲からの評価を)


 興津一族は、代々諜報管理大臣を継ぐ一族だ。簡単に言えば世襲だ。興津一族だけではない、大臣職は全て固定の一族が先祖代々受け継ぎやっている。

 しかし、最近は出自で全てが決まってしまうこの制度に廃止を求める声が多くあるのも僕は知っている。その声が大きくなったのは、彼女が大臣に就任してからだ。

 正直言って、彼女に諜報管理局で働く者達からの信頼があるかと言われれば、ない。そして諜報管理局や他の局の者達は彼女を”一族の名汚し”と呼んでいる。周囲と比較され、周囲から馬鹿にされ、誰かに頼ることすら出来ない。悪循環だ。


(このままでは、国の運営に支障が出る……)


 僕がこう思考している間にも、彼女はずっと頭だけを下げ続けていた。


「頭を上げて?」


 しかし、僕がそう言っても彼女は頭を上げようとはしない。


(参ったな。彼女が満足するまで、頭を上げないのは面倒だ。と言っても、どうやって頭を上げさせれば? 頭を鷲掴み? いや、それは流石に……よく見たら思ったより浅いお辞儀だな。首しか曲がってない。あ、そうだ)


 僕は、ゆっくりと彼女の目の前に行く。そして、彼女の顎を掴んでゆっくりと顔を上げさせた。


「これは命令だよ。聞けない?」


 彼女をしっかりと見て言った。彼女の目は涙でいっぱいだった。


「周りの人に頼れないのなら、僕に頼ればいい」

「え?」

「僕は君に期待してるんだ。君はまだまだ成長出来る。でも、成長を周りが止めては駄目なんだ。最初は誰かに頼って当然だよ。お父上が急にお亡くなりになられて、君も大変だと思う。君の苦労はね、僕にも分かる。だから、今は僕に頼って欲しい」


 そう言った直後、勝手に笑みが込み上げてきた。


「ありがとう……ございますっ!」


 彼女の顔は、真っ赤になっていた。僕は、彼女の顎から手を離し頭をポンポンと優しく叩いた。


「さ、もう行った方がいい。君も残っている仕事があるだろう?」

「は、はいっ! そ、それでは~、お、お休みなさいませぇ~」


 彼女は、何か動揺したように慌てて部屋から出て行った。


(何だ? まぁ、いいか。やっと仕事が出来る。全く困ったものだね。彼女の覚えるべき事は多そうだ。それにしても……期待しているか、我ながら笑える)


 僕は、ゆっくりと椅子へと座る。


『巽よ、本当に頼ることが必要な人物は自ら言えない。だから、お前が手を差し伸べよ。光となれ。それが王に一つ必要なことだ』


 昔、父上から言われた言葉をちゃんと守っている。だからこそ、彼女に手を差し伸べた。それ以外に、彼女を助ける理由など一つもない。


(いいんだ、これで。だって僕は王なのだから)

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