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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
二十五章 破滅の道へ
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あの日常

―ゴンザレス 神の間 夕刻―

「……俺を処刑とかしねぇのか」


 マグカップから出たコーヒーの湯気、いい香りがする。陸奥さんが淹れてくれたものだ。鍛錬終わり、このコーヒーをいつもくれる。

 しかし、今は鍛錬終わりでもない。俺を怒ったりする様子もなく、ただ笑顔で接してくれる。少し恐怖を感じる。


「馬鹿を言うな。今はそんなことをしている暇も余裕もないだろう……それに、私にそんな決定権はない」

「誰が決定するんだよ」

「……巽様だ」


 そう言った陸奥さんの表情は、少し暗くなった。心配なのだろう、本当なら今すぐにでも捜索に向かいたいに違いない。しかし、全ての戦力を外に出す訳にもいかず、彼は居残り組になった。元国王達もいるのだから仕方ない。


「不安そうだな」

「当たり前だ。もし、巽様に何かあったらと思うと……この国は終わってしまう。混乱と混沌が国を支配するだけ。どうかご無事で……」


 陸奥さんは手を組んで、祈るように言った。ここで彼が過ごす理由は神がいると呼ばれているからだと、最初に聞いた。歴史上の人物みたいな髭を生やしたガタイのいいおっさんが、こんなにも信心深いとは、と驚いたものだ。


「あいつなら大丈夫だと思うぞ……あいつは俺で、俺もあいつだ。悪運が強いが、いざという時の強運もある。今頃どこかの島でパラダイスしている可能性が高い」

「ぱらだいす? 私は海外の言葉に疎い……老いぼれには理解しがたいものだ」


 はぁ、とため息を漏らした。この国の人間は大きく二つに分けられる。横文字を使う奴らと全く使えない奴ら。陸奥さんは間違いなく後者だ。

 細かい所で使うことはあっても、俺のように頻繁に使ったりはしない。時に会話でこのように支障が出る。どうしてここまで差があるのかと思うものだ。


「楽園みたいなもんだよ」

「ふむ……巽様は楽園に」

「いやいやいや、本当のことを言ってる訳じゃないからな!?」

「分かっている、それくらい」


 陸奥さんは、そう呟いて窓を見つめた。差し込む夕日が少しずつ暗くなっていく。もうじき、陽が沈む。そして夜が来る。国はこんなことになっているのに、それでも変わらず時が進む。


「な、コーヒー飲もうぜ、冷めちまう」


 湯気がほとんど見えなくなってきた。もう熱々ではないだろう。折角の味が楽しめなくなる。やっとブラックにも慣れてきたと言うのに。


「俺が保証する、あいつなら絶対大丈夫だ」


 あいつは死なない、それがあいつの身にかけられた呪いだから。この国の王族の子供が十五歳になるまで、この城にいなくてはいけない理由。それは、その呪いを身に染み込ませるため。十五年もあれば十分過ぎるほどだ。


「あとさ……城に住む皆を恐怖に陥れちまった贖罪にもならんだろうが、城にいる皆を守る。と……いや、前国王も王妃も貴族も使用人も閏達も、それと――」


(あれ?)


 俺は何かを言いかけた。自分で何を言いかけたのか分からない。頭の中にその名前があった気がしたのだが、言おうとしたらなくなった。


「どうした?」


 不自然な所で固まった俺を不審に思ったのか、陸奥さんは不思議そうに首を傾げた。


「いや、もう一つこの城の中には大切な守るものがあったんじゃないかって思ったんだが……はぁ、イカれ過ぎたんだな。とりあえず、コーヒー飲もう」


 コーヒーを飲んだ。冷めてはいたが美味しかった。でもやはり、熱々の方がいい。火傷するくらいがちょうどいいのだ。自己解決した俺を見ても、なお不思議そうな表情を陸奥さんは浮かべていた。


「あ、陸奥大臣! ここにおられましたか!」


 一人の武者が息を切らしながら部屋に入って来た。


「どうした?」

「どうしたもこうしたもありません! 興津大臣が巽様を発見したようです! 巽様は大火傷を負われているようですが、命に別状はないようです。今、船で国に戻っていると」


 吉報だ。これで国の一つの不安は消える。最悪の事態はとりあえず免れたと言っていい。陸奥さんも安堵の表情を浮かべていた。


「そうか……彼女が。良かった。本当に……」


 力が抜けたように、陸奥さんはその場に座り込んだ。ずっと神経を尖らせていたのだろう。これで、少しでも城に日常が戻ることを――期待した。

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