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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
二十五章 破滅の道へ
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導く者

―ゴンザレス 城内 夕刻―

 完結に言うと、ヤバくてラッキーなことになった。何がどうヤバくてラッキーなのかと言うとしよう。

 まずはヤバイ方、それは巽の乗っていた船が嵐によって大破してしまったことだ。大破したくらいならまだいい、問題はそれから先だ。巽と小鳥が失踪した、あの広大な海で。小鳥は監視の為行っていたはずなのだが、未だに連絡はない。国にとって王が失踪するなど一大事、皆は今ここにある仕事全てを投げ捨てて捜索へと向かってしまった。

 故に、今この城の監視は薄い……つまり、チャンスだ。


(貴族の邪魔なのは全て片付けた……最後の難関だ)


 幸い、武者達の監視がついたのは俺の用が全て済んだ後だった。もう邪魔者はいない。貴族も大分大人しくなった。巽のウザい祖父母の息がかかった奴は消し去ってやった。そして、これから先の要件……それはその大本を消し去ること。堂々と城を出て、そいつらの所へ行くにしても手続きが色々厄介だ。

 ならば、こっそり抜け出せばいい? いや、残念ながらそれは無理だ。いつもなら、不穏な空気の流れていなかったあの時なら抜け出し放題入り放題だった。監視が緩すぎ問題が、俺の中で常日頃浮上するくらいのガバガバ警備だった。

 しかし、最近はここまでしなくても良くない? いや、でも城なんだから当然かなぁと思うくらいの警備になっていた。それは俺の行為のせいだ。城内で相次ぐ、不審な死。陸奥さんは、内部の犯行だと睨んでいた。犯人が逃げ出さないよう、城中のありとあらゆる出入口に二十四時間の監視をつけたのだ。貴族達は、一つの大部屋にまとめられて保護されている。


(よし)


 最初の監視を十だとすると、俺の所為による監視の強化は千だ。そして、この状況はマイナス百だ。外からも中からも入り放題。

 まぁ、入ろうとする輩なんていないだろう。今までのあの監視で、賊が入って来ていないのだから。


(心を鬼に……俺は善人でもなんでもねぇ。ここに来る前からずっと……)


 俺は決心して、城門を堂々と通り抜けた。手続きもなく、簡単に出れるのは幸せなことだ。監視は緩いくせに、手続きだけは面倒臭い。


(異世界とは言え……実の祖父母に手をかける日が来るとはな。俺が殺した貴族の奴らも、俺の世界にいる奴だよな……面識はねぇけど、何かしら近い位置にいたりするのかねぇ)


 父が経営する会社の社員とかだったら可能性はありそうだ。大臣級の奴らもその辺かもしれない。俺はほとんど面識がないが。まともに人生歩んでいたら――。


(こっちの世界のことに集中しないとな、行くぞ)


 夕日が地平線に沈んでいくのが見える。オレンジ色のその光は俺には眩しい。目を伏せながら、濁った感情を抱え、その先へ真っ直ぐに歩む。

 皮肉なくらい真っ直ぐで何もない道だ。夕日に向かって走り出せば、そのままいつか辿り着けてしまいそう。

 一つ文句をつけるなら、少し坂道が急で膝に来ることくらいだ。

 

「どこへ行くつもりだ、ゴンザレス」


 背後から、その道を進むのをとめる声がした。


「どこって……いつから陸奥さんは俺の保護者になったんすかねぇ」


 俺は巽とは違う。下手に顔に出したりなんかしない。笑顔を作りながら、俺はダルそうなフリをして振り返った。


「巽様にお前に稽古をつけるよう言われたその日から、私はお前の保護者だ。監督義務がある」

「はぁ……」


 あまり長話をしていたくなかった。決心が揺らいでしまいそうで。


「この際だからはっきり言おう、お前を(さとる)様方の所へは行かせはしない」


(ゆすってんのか?)


「フフ、何を勘違いしてんだよ? 了? それってあれか、俺の爺ちゃんと同じ名前してんな。つまり、巽の爺ちゃんか? 会いに行く意味って感じだろ。第一、俺が異世界から来たなんて知ってないんだろ? キモがられるだけだ」

「……茶化すのもいい加減にしろ、ゴンザレス。私はずっと……考えていた。貴族殺しの犯人を」

「それが俺だって言いてぇの?」

「嗚呼」


(見抜いてんのかよ……どうしたもんかな。しらばっくれるか、素直にそうですって言うか)


 一切の迷いなく、俺を犯人だと言い放った陸奥さんにどう対応すべきなのか戸惑った。このままの軽いノリだけでどうにかなる相手でもない。

 かと言って、素直に認めれば俺はどうなる? 俺は殺しをした。運が良ければ牢獄にぶち込まれて、処刑されるその時くらいまでは静かに懺悔する機会くらいは与えられるだろう。運がなければ、この場で斬首だ。


(いや、誤魔化してもどうしようもないか。色々バレてんだろ、この人はそう簡単に物事を判断する人じゃない。常に誰よりも深く考えて……はぁ、仕方ない)


 しばらくの沈黙を、俺が切り裂いた。


「……邪魔をしないでくれ。これでやっと、やっと終わる! 陸奥さん前言ってたろ? 守る為なら人を殺すと! 俺だって同じなんだよ……守らないといけねぇんだよ。俺がやらなきゃ……俺が!」


 理解されようとは思っていなかった。ただ、俺の覚悟を聞いて欲しかった。今までずっと独りで抱えていた覚悟、その上に重ね続けた罪。俺一人が抱えていくのはあまりにも大きく、重かった。


「何を守る為だ? 貴族達はお前に危害を与えたのか? その守るものに命の危機が迫るほどのことがあったのか? 中には女子もいたな……貴族達は自身で守る術がない者ばかりだ。お飾り程度の魔法しか使えぬ……きちんと戦えるのは数少なかったはず。それで、そんな彼らはお前の守るべきものに何をしたんだ」


 俺の目を真っ直ぐ見つめながら、冷静に陸奥さんは言った。力任せに吐き出すように言った俺とは大違い。


「危害……後に与えられるんだ。陸奥さんには分かんねぇだろうけど。俺はこれから先起こることを知ってる。それは最悪だよ。それを防がないといけねぇ……それがあいつの願いだから!」

「ほう、お前が最初この世界に来た時に言ったという言葉に繋がるか。この世界を守りたいと願うのはお前ではない、か。あくまで……そう願う者を守りたい、その願いと共に。そんな所か?」

「エスパーかよ」

「なんだそれは」

「美月は分かってくれたんだけどなぁ……まぁ、いいわ忘れてくれ。ま、そういうことだ。だから俺は行く! その元凶を消し去って、この世界を国をあいつを皆を守るんだ!」


 俺は魔法を使って、剣を何もなかった空間から取り出した。すっかり魔法を使いこなせるようになった。息を吸うように、簡単に。俺は最初魔法なんてものを使えなかったのに。ただ、この世界に触れただけ。

 ここまでくるのはどれほどあっという間だったか。俺が父さんに認めて貰おうとしてきた努力に比べれば、大した道のりではなかった。でも、それが果たせたのはあいつを想う気持ちがあったから。


「その者は……お前のその行為を望んでいたのか?」

「え?」

「お前がそうすることを……望んでいたのか? 喜んでいるのか? 笑顔を見せてくれたか? お前はその行為をして、相当苦しんでいたように見える。その苦しみを理解してくれているのか? お前が勝手にやっていることなのか? それとも頼まれてやっていることなのか?」

「あいつは……」


 望んでいなかった。俺が任せてくれと頼んでも、あいつはそうしなかった。だから俺は勝手にあいつの手記を読んで、勝手に殺して、少しでも楽にしてやろうと考えた。それ以外に方法があったのだとしても、人間を消すだけで済むならそれでいいと思った。

 だが、消すのは想像を絶した。言葉と行動の重みは全く違った。分かっていたつもりだった。でも、違った。命を奪うという行為は、あまりにも――。


(あいつはまだ知らない……帰って来て、このことを知ったら何と言うだろうか)


 怒るだろうか、泣くだろうか。笑顔の様子など一切浮かばない。


「お前が勝手にやったこと……なのか? そんなこと、私はお前に教えたつもりはないな。一方的に、誰かを傷付けるための鍛錬をしてやったつもりはない。誰かを守る為の鍛錬だ。来い、また鍛え直してやる」


 陸奥さんは儚げに笑いながら、俺に手を差し出した。夕日に照らされたその顔は優しかった。

 こんな薄汚れて、わがままで醜くて、誰かの為だと言いながら、結局は自身のエゴのために剣を振りかざしていたこの俺に、平然といつも通りに、いやいつも以上に温かく接してくれている。


「俺は……」

「帰るぞ、ゴンザレス。辛かったろう……お前が完全なる悪意を持って犯した罪ではないことはよく分かっている。私も一度道を誤ったことがある。犯した罪が消える訳ではない。だが……償うことは出来る。それが人だ。お前の良さは、その誰かのためにここまで努力してきたことだ。それが、お前にとって簡単なことであったとしても……」


 その手を掴めないでいた俺に近寄り、優しく頭を撫でた。


「お前は……私にとって大切な友であり、仲間だ。もう独りで抱えるな、私だってこの国を守りたい。共に協力しようではないか」


 その優しさに思わず涙が零れた。


「なんで……そんな優しくするんだよ……普通怒るだろ、だって俺はただの――」

「私も同じだ。だからこそ分かる、お前の苦しみが。この話はもういい……帰ろう」


 陸奥さんは俺の手を掴むと、そのまま俺を引きずるようにしながら城門へと戻った。戻る途中、首だけ後ろへ向けた。あんなに眩しかった夕日が、微笑んでいるように思えた。

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