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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
二十五章 破滅の道へ
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誘う手

―孤島 夕刻―

「あ゛う゛っ!」


 焼けただれた首元を、興津大臣が怪しげな笑みを浮かべながら、人差し指で線をなぞるように撫でる。痛み、そう一言で言い表せないほどの衝撃を体に感じた。


「あぁ……その声素敵です」

「……いいから、さっさとお前の要件をッ!」


 彼女は、また僕の首元をなぞる。体に走った衝撃は、一度目と変わらない。


「ねぇ、そろそろ気持ち良くなったりしませんか?」

「なる訳がないッ! あがうっ!」


 僕の苦しみを理解した上で、彼女は絶え間なく首元を撫で続ける。痛みに痛みを積み重ねられていく感覚。これが快楽になるはずなどない。


「そうですか、残念です。いたぶりがいがある者は、早々見つからないんですよねぇ……あ~ぁ。ふぅ」


 彼女は寂しげな表情で、わざとらしく息を首元に吹きかけた。


「くっ!」


 彼女を思いっ切り突き飛ばした。これ以上の痛み、いや屈辱に耐えられなかったからだ。自分が下だと思っていた相手にいいように弄ばれ、逆らう隙も与えられない。


(食事さえあれば……さっさとこいつなんて殺してしまえるのに)


 それが出来ないのは弱みを握られた上、堂々と勝利宣告されてしまったからだ。化け物の力だけで倒せると思うなと。化け物自身も身を引くように告げた。

 正直、今までの彼女を見る限りではまるで戦力になっていなかった。だが、これまでの彼女と今の彼女とは別人だ。一度だけ、今の彼女を覗かせた時があった。今、この様子を見て感じるにこれまでの彼女が、彼女の創り上げた偽物なのかもしれない。


「……私のこと、殺したいですよね」


 突き飛ばされたままの体勢で、彼女は穏やかな笑みを浮かべながら言った。


「そんな驚いた表情を浮かべなくとも、巽様の感情って手に取るように分かります。どんなに化け物に侵されても……本質はそう変わりませんからねぇ」

「黙れ」

「ひしひしと感じますよ、巽様の苛立ちと憎しみ、殺意……ずっと前から分かっていたことですけどね。別にいいですよ、殺したければ殺して」


 表情を変える素振りもなく、彼女は言った。死という物に対して一切の恐怖などない、そんな様子だ。


「ですが、殺すのは私の言うことをちゃんと遂行して貰ってからでお願いしますね?」

「だったら、さっさとその要件を……」

「簡単ですよ? あの方、十六夜綴を一緒に殺して欲しいのです」

「え」


 予想外の要件に言葉が出なかった。もっと、僕にとって不都合なことを言われるのではないかと思っていた。大金の要求、その程度ならいいと思っていたくらいだ。


「あら、巽様……願ったり叶ったりではありませんか? あの方に対する殺意にしか満たされていない巽様では、そう簡単には出来ないことでしょう。ですが……私は違います。心からあの方を愛しています」


 うっとりとした表情を浮かべながら、彼女は言った。


「なら、どうして殺す必要があるんだ」

「愛しているからこそ……許せないのです」


 突然、彼女は表情を一変させる。その目には怒りがあった。握り締めた手が、大きく震えている。


「私は、私は! ずっとずっとずっとずっと…! あの女よりもずっと綴様を想ってやって来たのに、どうしてどうしてどうして! あんな白髪クソババァが簡単に綴様の身を汚すの!? なんで、あんな女に綴様を奪われるの!? もういないのに、もういないのに! 見た目は子供で中身はおばあちゃんなのよ!? どうして……もうあの汚れは消えない。なら、殺してあげないといけないじゃないですかぁ……魂だけにしてあげれば……」


 愛しているからこそ殺したい、という意味の言葉に恐怖を覚えた。この会話を聞く限りでは、協力関係にあったということ。これまで何度か情報が洩れていることがあった。大臣級以上の者しか知らぬ情報が。

 一度目に疑いが向けられた時、朝比奈元大臣がその主犯として職を奪われた。もし、それが……あの時の二択の選択を誤ってしまっていたのだとしたら――。


「あの方は、巽様をお人形さんのように思っております……もう操り人形ではないと証明したいのではないですか? 利害は一致しておりませんか?」


 そう言って、彼女は立ち上がる。そして、僕に向かって歩みを進め、目の前に来て立ち止まる。逆光が彼女を真っ暗に染めた。


「私の言うこと聞いて貰えますよね? 叶ったら最後……私のことは煮るなり焼くなりして下さい。八つ裂きにして下さっても構いませんしぃ、あ! 巽様が、今まで綴様にされたようなことを私にして下さっても構いません! きっと、巽様は巽様で殺し方を考えていたでしょう? それを奪ってしまうことは申し訳ないですからね、それくらいの代償は受けますよ」


 暗く染まった彼女の笑顔は、不気味以外の何者でもない。


「死ぬことに何の抵抗もないのか……」

「遅かれ早かれ人は死にます。残念ながら王である巽様とは訳が違うのですよ……さぁ、共に参りましょう」


 彼女は手を差し伸べた。


(死ぬと分かっているからこその余裕なのか? いやそんな訳……分かっていればいるほど、恐ろしいはずだ。死ねないのに、死を望む僕の方が怯えて……)


「どうしましたか?」


 手を掴むのを忘れていた僕をじれったいと思ったのか、彼女は前屈みになって手を差し伸べた。


「……疑ってますか、この私のこと。大丈夫ですよ、もうありのままの私ですから。もう何も隠していませんよ。嘘は得意ですが、意味もない嘘などつかないのです。意味のない嘘は、面白くも楽しくもありませんよ。さぁ、共に参りましょう。親愛なる王、巽様」


 ――とんでもない道化、あの男もとんでもない者を右腕としてしまったものだ……可哀想に。愛してやれば、身を亡ぼすことにもならなかっただろうに。巽、君はこの手を掴むべきだ。君の思うようにするのであれば、あいつを消すことは必須だよ。大丈夫、さぁ、その手を――


(あぁ……そうか。そうなのか)


 僕は声に促されるまま、その手を掴んだ。

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