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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
二十四章 絶望の船旅
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代償と愛

―孤島 昼―

 琉歌はその後、僕を小さな島にまで泳いで連れて行った。その島に人が住んでいる気配はなかった。その島の砂浜で、僕と琉歌は波打ち際に座っていた。


「見ての通り、私は貴方達が人魚と呼ぶ存在……隠しててごめんなさい」


 琉歌は悲しそうに微笑んだ。


「でも君は上野国の姫君じゃないか! あそこには海もない」


 僕は、目の前の現実を受け入れることが出来ずにいた。しかし、琉歌の姿は人魚のままだし、今更、夢だとか幻だとかで片付けられないだろう。


「姿を明かし、海の神との約束を破ってしまった私にはもう長い時間は残ってない……貴方の記憶を封印されているのは分かってる。手紙や会話での違和感……私も私なりに調べていたの。それで、病み上がりに結論を導き出したの。その時に、貴方が海で行方不明って聞いて……急いで来ちゃった。ずっと怖かったでしょ? もう大丈夫だからね……」


 琉歌は、優しく僕の手を包み込んだ。


「もえなつ~えくむる♪」


 そして、囁くように優しく歌った。その歌の言語は小鳥が――。


「っ!?」


 刹那、脳裏に沢山の映像が流れ始める。それぞれの映像から発せられる声、音が混ざり合う。僕の記憶の中になかった思い出や日々が次々と現れる。


「これが、巽さんに出来る私なりの罪滅ぼし……」


 滝のように流れてくる映像の中には、昔睦月達と城からこっそり逃げ出した記憶があった。


(あぁ……そうだ。僕の方からよく外に行きたいって言ってたんだ。城の外の世界のことが知りたくて……最初は嫌々だった二人がいつの間にか、僕よりも抜け出すことを楽しみだして……)


 鮮明に思い出せた。幼い頃の記憶だったが、封印されていたせいだろうか、今のことにようにしっかりと記憶している。


(美月がこのままの格好は流石に危険だって言いだして、男の子は女装するものだと言って……僕はそれに騙されたんだ)


 町で出来た友達と遊んでいた。その中には、当時の薫太夫もいた。僕らは身分を隠し、全てを忘れて楽しんでいた。僕のせいですぐにバレてしまったが。


(ある時、僕は一人で城を抜け出して海に行ったんだ。そこで琉歌に出会って……)


 僕達は婚約者になる前に出会っていた。その時の琉歌の姿も、人魚であった。お互いに幼く、無知であったからこそ意気投合した。そして、僕は彼女に恋をしてしまった。


(ずっと前から好きだったんだ……ずっと前から)


 皆と海に遊びに行った時も、僕はこっそり琉歌にあった。その時に事件は起こったのだ。琉歌の仲間達が、人間の僕を海へと引きずり込んだのだ。歌う貝の楽しげな歌が、今でも頭に焼きついている。


「私は……何もしてあげられなかった。出来たのは醜く貴方を奪い合う仲間達の隙をついて、衰弱していた巽さんを陸に連れて行くことだけで……死んでしまったんじゃないかって思って怖くて……祈りの歌を歌ったの。目覚めて欲しくて」


 琉歌は一筋の涙を流した。


「結果として貴方は目覚めなかった。私の歌によって誰かが来たから、巽さんは助かった。直接的には何一つ出来なかった。巽さんが海に来なくなって……寂しくて恋しくて会いたくて、私は罪を犯した。邪悪だと呼ばれている海の神にすがったの。子宝に恵まれなかった上野国の王達も、また私と同じように海の神にすがった。利害の一致、それから、私は人間として生活することになった。だけど、それは条件つき。大人になるまで外に出てはいけない、自身が人魚であることを知られてはいけない……それらの約束を破った時、私は魂を――」


 言葉の途中で、琉歌の体が光輝き透き通り始めた。


「琉歌!?」


 最後まで聞かなくても分かった。琉歌は海の神に魂を奪われてしまうことを。もう二度と会えなくなってしまうのだ。嫌だった。僕はそれをとめようと、琉歌の体を抱き締めた。


「巽さん……」


 しかし、それも虚しく琉歌の体はどんどん消えて薄くなっていく。琉歌の温もりも、吐息も小さくなっていく。


「嫌だ……全てを思い出せたのに……琉歌っ!」


 ついに、僕は琉歌を抱き締められなくなった。琉歌の体は、もはや空気と一体化していた。光の粒子が、琉歌を形どっているから分かるのだ。


「元々私達に運命などなかった……ただの子供同士の出会いだったんだから。それを無理矢理歪めたの。もう、私のこと忘れないでね。とっても……寂しいのよ」


 琉歌の声も遠くなっていく。僕には、消えゆく彼女をどうすることも出来ないのだ。全てを思い出し、もっとそれについて話したいのに、それすらも叶わないのだ。

 僕には何も出来ない。大事な時に限って。いつも誰かに助けられ、その人に恩返しすることも出来ない。


「もう、泣かないでよ。巽さんのせいじゃない。罪を犯した私のせい……苦しい思いをさせてごめんなさい。これからもずっと貴方を――」

「嫌、嫌だ……僕を独りにしないでくれ……ずっと傍にいてくれっ!」


 皆いなくなってしまう。僕のせいで。僕が愚かで弱いせいで。


「愛してる」


 その言葉を最後に琉歌の気配は完全に消えた。光も声も姿も空気へと溶け去った。独り取り残された僕を嘲笑うかのように、世界はいつも通り穏やかだ。


「あ……あぁ……」


 両手を見ても何も残っていない。周囲にも何もない。琉歌の笑顔も声も美しさも姿も何もない。何もない。何も何も何も何も何も何も何も何も――。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」


 風が吹き荒れ、雲が青空を覆い隠していくのが見えた。嵐を感じた鳥達が一斉にどこかへ飛び去っていく。枯れ果てていたはずの力が、突如として漲り始める。


 ――あぁ、十分過ぎるくらいの悲しみと憎しみ……計画通りだよ――


 その声は懐かしかった。僕にとって安心感のある声。不安と絶望に押し潰されてしまいそうな僕はそれにすがった。かつて、そうしていたように。それが化け物の声であっても、もはや関係なかった。


「……ッハ! アハ、ハハハ……ハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 笑いがとまらなくなった。面白くて、おかしくて。呆気なく消え去った琉歌の姿を思い出して。


 ――あぁ、これが絶望。時は来た。恐れるものなど何もない。巽よ、君の好きなように……思うがままに生きるんだ。その先にあるのが君の夢だよ――

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