幸せとは
―船内 昼―
会話、というより龍のクトールの独壇場。僕が、何か一言発せば数十倍になって帰ってくる。かれこれ数時間経ったが、まだ言語についての話は終わらない。彼か彼女か、クトールは長話を反省してもすぐにこれだ。
「――この世界は多くの言語に溢れている。私はそれら全てを理解し、使いこなせる。お前の話しているのは日本語だ、そう本能的に理解した。だから、私はお前と難なく話すことが出来るんだよ。これでお前の謎は解けたか?」
「あ、はい」
僕が聞いたのは、その結論だけだったはずなのに。どうして言語の誕生と発達と滅亡の話を聞かないといけなかったのだろう。
正直、ほとんど興味ないし理解出来なかった。難し過ぎて、耳から入ってすぐに出て行った。いや、出て行く前に跳ねのけた。
「ふむ……まだ来ないか。では私からの質問だ」
「何でしょうか……」
(早く誰か来てよ……)
「お前は幸せか?」
「え?」
「幸せか、と聞いている」
予想外の質問で僕は戸惑った。今まではどちらかと言えば、教科書に載っているようなことばかりの話だった。それなのに、突然自身のことを聞かれ驚いた。
質問は至って簡単。幸せか、そうではないか。言葉を知る者なら誰でも答えることが出来るだろう。だが、僕にとってその質問は――。
「僕は……」
僕を第三者から見れば、幸せそうに見えるらしい。僕は一国の王として何不自由ない生活を送っている。教育を当然のように受け、魔法を使う。僕が命令すれば、そのように事は動く。望めば大抵の物を手に入れることが出来る。
確かにそうだ。何不自由のない生活だ。魔法はいくらでも使えるし、国全体を動かせる。それに、物は大抵手に入る。だが、僕はそれを幸せだと思ったことはない。王族の子供は、古より伝わる風習のために十五まで城を出ることは出来ないし、毎日勉強や訓練に追われる。王は国全体を動かせるが、それはとても重い。責任があまりに大き過ぎる。僕は実際、浅はかな考えで国を戦争に巻き込んでしまった。誰も幸せになれない、仕組まれた戦に手を出した。
王になってから僕はいつも悩んでいる。王の正しい姿とは何か、どうすれば父上のようになれるのか。親の七光り、功績にすがることなく僕だけの力で国を導けるのか。僕自身は何も出来ていないのに、皆はちょっとしたことでも僕を褒める。周りからの期待が視線が、痛く怖く辛い。
それに加えて、僕はとんでもない秘密を抱えて生きている。いつか僕は消えてなくなってしまう。見えない自身に潜む化け物が怖い。
「幸せ……ではないです」
「ほう、それは何故だ?」
「僕が不幸だから、それだけです」
本当に欲しいものだけ手に入らない、それは絶対的に。誓いにだって反する。
「自身が幸せだ、そう答える者は少ない。誰もが何かに怯え、圧し潰されそうになっている。幸せだと感じるのは、生きることと同じように難しい。だが……訪れた最期の時に幸せを感じることが出来たのなら、その人生はきっと幸せな物であったと言えよう。だからな巽よ、今は不幸でもその先は分からぬものだ。これが長い間、私が独り考え続けた幸せだ。さぁ、もう話は終いだな。迎えが来たようだ」
クトールは僕の体を掴むと、そのまま投げ飛ばした。
「うわぁぁぁぁ!?」
風を切る音、再び恐怖が僕を支配した。しかし、その恐怖は先ほどとは違い、一瞬で終わった。
「巽様! ご無事でしたか」
僕を見事にラヴィさんが掴んだ。微かに光を感じる、つまりここは穴のある場所だ。
「あ、あの……」
「本当に良かった。何か見たかもしれませんが、それはどうかご内密に。こちらの不手際により、巽様をこのような目に遭わせてしまい誠に申し訳ございません。本当に……ご無事で……」
彼の目には涙が浮かんでいた。