青さ
―ゴンザレス 城内 昼―
「ぐわぁっ!」
俺は、背後の壁に激突した。
「どうした! 迷いで何かを守ることなど出来んぞ!」
陸奥さんは、怒気を含んだ口調で叫ぶ。
「はぁ……っ、うう」
(見抜かれてる、か)
現在、俺は絶賛修行中だ。ここに来た時から、まるで授業のように組み込まれている陸奥さんとの修行の時間。最初は嫌で嫌で仕方がなかった。適正があるとかなんやらで魔法を使えと言われ、使えなかったら怒られる。その理不尽さに、俺は心折れかけていた。
そもそも、俺の住んでいた世界とはあまりにも違う。おとぎ話の中にしか存在しないはずの魔法が当たり前のようにあった。ファンタジーな江戸・明治時代だと俺は思っている。城下町などは、教科書でよく見た明治時代の風景を感じさせる部分は多い。城内は完全に海外のように様変わりしているが。
だが、少し離れると時代劇みたいな江戸の風景がある。農村なんて特にそうだ。その農村に住む人々はほとんど魔法を使えない。魔法などを使う教育を受けることが出来ていないのが主な原因らしい。修行の合間の時間に、国についての講義を聞いて得た知識だ。
「……ちょっと休みが欲しい」
剣を握り、力を見せつける……そんな気にはなれない。どうしても、あの時の記憶がよぎるのだ。他のことに専念すれば、犯してしまった罪のことは忘れることが出来ると思っていた。ここで犯した罪も、ここに来る前の過ちも――。
だが、そうではなかった。剣を握れば、俺が斬りつけた人の顔が浮かぶ。何をしようとも逃れることが出来ない。食事も睡眠もままらない。寝れば夢に出る。食事は喉を通らない。勉強をしても頭に入らない。修行も然りだった。
「やはりな」
俺の様子を見かねたのか、陸奥さんは足早に駆け寄ってくる。
「一週間近く休暇を取り続け、ようやく鍛錬を再開したと思ったらすっかり力が落ちている。顔も青白い、クマもある。体に鞭打ってまでやる必要はない。それに剣に迷いが見える。今のお前に教えた所で意味を成さない。今すぐに部屋で寝ることだ……私も見回りをせねばならない」
「見回り? なんで大臣なのに……」
「……知らないのか? 今、恐ろしい事態が起こっているんだ。貴族達が何者かによって殺害される事件が相次いでいる。城の中で、だ。犯人の特定には至っていない。失礼であることを承知で言うが、彼らのことをよく思わない連中はこの城の中でもごまんといる。いつかこんなことが起こるのでは……と思っていた。戦争の後処理、巽様は外遊中にこの事件、この張り詰めた空気で異様だと気付かぬとは……相当疲れているな」
「陸奥さんも大変なんだな」
彼も大臣だ、相当忙しいだろう。それなのに、俺のわがままに付き合ってくれている。いつものように俺を分析し、指摘してくれる。
「当たり前だ。ところで……休暇中に何があった? それとも休暇以前か? 出会った時から思っていたが、いつもの威勢が皆無ではないか」
(エスパーかよ)
変化に気付いて、さらには心配してくれるなんて俺が女子だったら惚れてた。ここまで見抜かれているのに、何も答えないという訳にもいかないだろう。ならば、一つ聞きたいことがある。
「なぁ、一つ聞いていいか?」
「ん? 悩みか? いいだろう」
本当は、人を殺めたことがあるのかと聞きたかった。だが、それを今ここで聞くのは地雷だ。彼がこの城の中にいる奴が貴族殺しの犯人だと言っているのに、そんな質問は疑って下さいと言っているようなものだ。だから、俺は少し言葉を捻った。
「守る為なら誰かを傷付けても許されるのか? 今、俺に身につけさせようとしていることは、誰かを守る為に必要なことだ。だけど、それは同時に守るべき誰かを狙う者を傷付けることになるんじゃないのかって……急にそう思った」
下手くそだ。どんなに考えてもいい言葉が見当たらない。どうしても、直接的な表現を使ってしまいたくなる。
「……守るという言葉は、自身の行動を正当化するものでもある。守るべき対象者に危害を加える者がいるのなら、私は彼らに鉄槌を下さなくてはならない。最悪、その命を奪わなくてはならない。私は分かっている、自身がこの職に就く限り、私はその行為を行う必要があることを、私自身も殺されてしまう可能性があることも。だが、それは受け入れるべき理だ。守る、言うだけならば簡単だ。だが……命を奪い、奪われることを覚悟しなくてはならない。非情にならなくてはならない。許す人もいれば、許さない人もいるだろう。しかし、それが受け入れるべきこと。フッ、まだまだ青いな」
遠くの空を見つめながら彼は言った。彼がどんな道を辿ったのか、俺は知らない。彼の話を聞く限りでは、やはり殺しをしたことがあるということだろう。あの戦争以外でも。
「むずいな。頭が痛くなってきた」
「分かる時が来る、その理を理解したくなくとも……分かってしまう時が唐突に訪れる」
そう言って、陸奥さんは儚い笑みをこちらに向けた。その笑みは、どこか寂しそうに見えた。




