好奇心を携えて
―船内 朝―
食事を終え、僕は船内を自由に散策していた。行きは大部屋にほとんど引き籠っていたため、どこに何があるのかは分からなかった。
退屈ではなかったが、やはり自由に動き回れる方がいい。ラヴィさんの更新によって、あの大部屋に籠っている必要がなくなったらしいが。その更新は、到底僕には理解出来るものではない。確かなのは、あの不気味な組織とやらの介入さえも廃除出来ることだ。
まぁ、どちらにしてももうあいつらが関わってくることはないだろう。あいつのしたかったこと、それは達成されているのだから。
(僕の命を賭けた勝負なら……僕は死なない、か。もう、痛いほどに分かってるよ。どうすればいいんだ? どうすれば僕は……)
「痛っ!」
色々と考え過ぎていたせいか、歩いている途中に柱にぶつかった。その柱は大理石で出来ていたため、頭に来る衝撃は凄まじかった。
僕は柱の前で立ち止まって、痛みのある額を押さえた。触れるとさらに痛い。不幸中の幸いだったのが、誰もこれも見ていなかったことだ。
「くぅぅ……」
足の小指をタンスの角にぶつけたり、スネを蹴られたり、紙の端で手を切ったり、扉に手を挟んだり、ささくれを無理矢理引っ張った時と同じくらい痛い。ささくれは言い過ぎたかもしれないが、つまりは痛い。内面から抉るような痛みも耐え難いが、外面から広がっていくような痛みも耐え難い。
「廊下の真ん中に柱なんて……もうっ!」
恥ずかしさと痛みへの苛立ちを殴って柱にぶつけた。ただ、それによって僕の拳には痛みが襲った。当然と言えば当然。冷静さを欠いた行動が、結局自分の不利になるように働く。改めなければと思っていても、結局それが叶うことはない。
何故なら、そんな人間だから。生まれ持ったものを、そう簡単に変えることは出来ないのだ。騙すことは出来ても、本質的に変われない。
(結局痛い思いをするのは僕なのに……どうしていつもいつも――)
今度は、自身への苛立ちを感じ始めていた時だった。床に違和感を感じた。床から感じた微動、気のせいであると流すなら簡単だ。だが、その微かな違和感は次第に大きく表れた。
「な、うわぁっ!」
柱の周りの床が抜けた。単純に言うのなら、それだ。下は真っ暗だった。咄嗟に僕は魔法を使って、浮遊しようとした。だが――。
「うわあぁぁぁぁ!」
魔法を使うことは出来なかった。しばらくまともな食事をしていなったあの時と似ているようで、少し違う。落下しながらも、それを確かに感じた。
魔法は一度は僕の中で生成された。しかし、それは僕を浮かせるにはあまりにも弱かった。まるで、僕の魔法を形成する力が失われていくような……。
「くっ……」
僕は床に叩きつけられた。もはや額や拳の痛みなど霞む。眩暈がする中、僕は仰向けになって上を見た。電気の光が小さく差し込んでいる。思った以上に底は深かったようだ。
ただ、落ちた先の床は芝のようなものが敷き詰められて柔らかかったお陰もあってか、出血などはなかった。
「ここは?」
上半身を起こして付近を確認する。しかし、上から微かに差し込む光以外辺りを照らすものは何もない。歩いてみなければ分かりそうもない。
僕は立ち上がり、ふらふらとしながら歩いた。本当なら浮遊の魔法を使って、上へと向かうつもりだったのだが、先ほどのことを考えるに、これだけの高さを浮かび上がるのは無理だ。
(まさか、化け物が目覚めたのか?)
そんな兆候は、一切感じられなかったのだが。
「おーい!」
僕の声は響かなかった。この声が、上に届いたとは思い難い。このままでは、しばらくここに留まるはめになる。折角の自由な時間なのに、そんなの耐えられない。
先ほど声が響かなかったこと、空気が思ったより籠っていないこと、それらの理由もあってここはそれなりに奥行きがあるようだ。
(ここに何もせずにいてもつまらない。出口らしき物がなかったらまたここに戻ってくればいい。それにわざわざからくり部屋みたいに隠されているなんて、何かあるのかも。調べてみよう)
今日の僕の感情は、あまりにも忙しない。ただ、それくらい一気に色々な出来事が起こったのだ。僕は好奇心を携えて、暗い闇へと歩を進めた。