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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
二十三章 海の向こうの国へ
281/403

恐怖の欠片

―劇場 夜―

 その劇の内容は、ほとんど分からなかった。翻訳機能がついていなかった為、英語が理解出来なかったのだ。だが、僕は感動した。言葉が違おうとも、伝えようとしていることは十分に理解出来た。

 透き通った歌声、揃った踊り、舞台で起こっていることが今目の前で現実に起こっているかのような迫力。演者が全て機械であることを忘れてしまいそうなくらいだ。本物の劇団員達がどれほどの演技力なのかは分からないが、これなら誰だって満足してくれるに違いない。それくらい感動した。


 こんな僕でも理解出来たことは、恐らく主役であろう男女が恋をしていたことだ。それは動きや表情で分かった。時に二人で歌を歌う時があったのだが、その重なり合った時が素晴らしかった。鳥肌が立った。登場人物達が抱いている感情が、音楽を通して伝わってきたのだ。僕は二人に大団円が訪れることを望んでいた。

 しかし、物語は残酷であった。事の行き違いが、正しい道を指し示してはくれなかったのだ。そのどちらもが死んでしまった。物語の世界で二人が生きている間に報われることはなかったのだ。二人の死を見届けた時、僕は涙がとまらなかった。悲しくて堪らなかったのだ。

 

(愛は報われない……そんな物語なのかな)


 僕の分かる範囲でしかないが、この物語は悲しきものだ。幸せとは程遠い。物語に登場した誰もが、幸せになどなれなかったことは明らかだった。何故なら、最後に笑っている人物は誰もいなかったからだ。


『まだ涙がとまらぬか』


 劇が終わって数十分は経過したのだが、物語の内容を思い出すととめようもなくただ涙が溢れた。


「ごめん……感動しちゃって」

『あれには翻訳機能がなかったというのに理解出来たのか? 機械だけで人間の創り上げた物語を、感情で伝えることなど出来ぬと思っていたが……それなりに性能が上がったのか?』

「十分に伝わったよ……悲しくて仕方がない」


 そう、まるで――。


「っ!」


 脳裏に海、少女、少女の笑顔が浮かぶ。しかし、それをすぐに掻き消すように頭の中の情景が変わる。僕の足を手が掴む、足が魚のような者に引きずり込まれる体、入ってくる水、消えゆく世界、走馬灯のように移り変わる。


『どうした!?』


 クリフが突如、頭を押さえて悶え始めた僕を心配する。


「あ……ううう!」


 その情景が変わる度、頭に激痛が走る。この情景を僕は知らない。なのに、この恐怖は懐かしさがある。死への恐怖、水への恐怖、そして――人魚への恐怖。


「だ……」

『しっかりしろ!』


 刹那、頬にクリフの手が向かっていた。それを認識した時には、頬はクリフによって引っ叩かれていた。走馬灯のように流れる情景は消えた。頭に走った激痛が嘘のように消えた。


『魔法は禁止であると伝えたと聞いていたのだが……制御が効かなかったのか?』

「え?」


 周囲を見渡すと、舞台上にあった小道具などが吹き飛んで客席にまで来ていた。


「あ、あぁ……なんてことをしてしまったんだ。ごめん、本当にごめん……」


 初めてだった、自身の暴走にすら気付けなかったのは。もし、これが彼にぶつかっていたら、想像するだけで恐ろしい。小道具と言っても、それは人に当たれば一溜りもない物だ。自身のやってしまったことに、恐怖を覚えた。


『わざとでないなら仕方ないだろう。嘘をつけば私には分かる。嘘をつくような人間とは取引なんてしたくないからな。先ほどの様子を見る限りでも、今の反応を見る限りでも、それは嘘ではない。しかし、魔法というのは大変だな。使うのも抑えるのも』


(嘘をつく人間だよ……僕は)


 母上が言っていたこと、それを一応は厳守したつもりだ。本心で全てを話した。何も隠してなどいない。


「僕が未熟過ぎるだけさ……情けないけどね」

『そうか……さて、今日はもう遅い。明日にでも帰るのだろう。ならば、これからは疲れを癒すことをした方が良い』


 彼は本当は優しい人間であることはよく分かる。だが、その優しさは歪んでしまったのかもしれない。どこかで何かがあって、彼を歪めてしまったのだろう。


「分かったよ。今日はありがとう、素晴らしかったよ」


 そして、僕らはここを後にした。

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