実力を
―劇場 夜―
中に入ると、そこにはクリフがいた。黒服を着た男性と何かを話していた。何を話していたのか、それは当然分からなかった。僕らが入ってくるのを確認すると、クリフ達は会話をやめた。黒服の男性は横目で一度だけ僕を見て、階段を上って行った。
(彼も機械なのかなぁ……)
ここに来てから、クリフ以外の人を認識した覚えがない。あの日本人らしき女性の声、それが人間であったのか機械であったのかは分からない。とりあえず、目で見て人間だと認識したのは彼だけだ。
(それにしても……)
この建物の階段は少し面白い。楕円のように階段が作られている。真っ直ぐな階段の形を歪め、両端を階段の入口にしたかのようだ。楕円の中央に二階がある。そこが階段の終点になる。こんな形の階段は生まれて初めて見た。
『ここは劇場だ。貸し切りにしてあるから、他の客はいない。さて、二階に行こう。そこで上演する』
「楽しみだよ」
僕らは、楕円形の階段を上って二階に辿り着いた。芸術作品の一部を上っているように感じられて、とても面白かった。このような物を僕の国でも作ればいいかもしれない。見るだけではなくて、実際に触れたり体験することが出来る芸術的な建造物。残念ながら、今はそんな余裕などないのだが。
階段から少し離れた先に、豪華な扉があった。一度に横並びでも五人くらいが入ることが出来そうだ。その扉は、僕らが一歩足を踏み入れると突然開いた。
『上演される内容は、寧々が好きな作品でね。こちらに寧々が来る度にそれを見ている。確か、巽の国に我が偉大なる劇団が公演をしたはずだ。本来ならば、その優れた劇団員達の公演を見せるべきだと思ったのだがね……不運なことに、海外での公演で都合が合わなかった。王である巽に、あんな機械達のやるものを見せるのは申し訳ないが、寧々からの要望だ。少々質が落ちるが、大目に見てくれ』
「別に大丈夫だよ」
そういえば、母上が前言っていた。僕が上野国に行く前々日のことだ。僕は、それを見ることは叶わなかったが。
僕が知っている横文字の言葉は、大体母上及び美月経由だ。歌に踊りに物語もある欲張りな組み合わせをミュージカルと言うらしい。
『さて、準備はとっくに出来ているようだ。長々と話しても仕方あるまい、行こう』
そう言って、クリフは中へと入っていった。僕も急いでそれについて行く。扉の向こうは、灯りがない訳ではないが暗かった。足元に注意しないと危険だ。
微かな灯りを頼りに周囲の情報を飲み込んでいく。縦にも横にも広い。一番明るい場所が舞台のようだ。それを見る為、沢山の座席がある。階段をどんどんと下り、最終的には、舞台の目の前まで来た。最前列だ。
『ここでいいだろう。さて……どれほどの物かな。不具合の修正と更新によって、改善されているようだが……機械の限界など知れている』
彼は独り言のように呟いた。
「どうして……そんな風に言うの? 彼らだって、僕らとほとんど変わりないように思える。クリフ、貴方は僕に平等を望んだ。対等であることを。ならば、彼らにだってそれを言うべきじゃないの?」
『いや、違う。全然違うな。我々と機械は平等になれるはずもないのだ。そもそも、不平等を前提に作られているのだから』
「え?」
『私が大統領に就任した頃、人々は今以上にいがみ合っていた。魔法を捨て、平等であることを望んだ彼らにとって手に張った現実はそうではなかった。またもや、人を襲ったのは能力が物を言う世界だった。仕事の出来る者が昇進する。だが、努力しても仕事の出来ない者は落ちぶれていく。金持ちは貧乏者を蔑み、貧乏者は金持ちを恨んだ。人々は不平等を嘆いた。その時、私はとある人型の機械を開発させることを進めていた。それは人と大差のない物だ。それは、本来人々の日常生活を支える為の物だった』
魔法、それは個人が生まれつき持っている力によって使うことが出来るものだ。魔法生成、それだけはどんなに鍛えようとも伸ばすことは出来ない。幸い、僕はその力が強いくらいだと言われた。それを生かし切れていないのが歯がゆいが。
『しかし、私は思ったのだ。その機械を使えば、この人間間で生じる不平等を解決することが出来るのではないかと。あらゆる不平等になる原因を機械に押し付ければ、解決するのではないかとね。結果として、それは成功した。機械が仕事を行う。機械が家事を行う。勿論、全ての人間が仕事などを行っていない訳ではない。私は勿論、研究院の者達、劇団の者達もそうだ。それは好き好んでやっていることだ。強制力はない。人々の中にあった差別意識や不平等は全て機械に向けられた。フフ、これを話した時寧々は絶句していたよ』
(当然だよ……)
「根本的な意味で、それは解決していないんじゃ……」
結局の所、人々の中に差別意識がある。不平等も国には残っている。それがない世界を望んで魔法を捨てたはずであるのに。
『しかし、皆それで満足している。まぁ、一部それを愉快に思わない者が組織を結成し、名目上の経営者である人間を狙う事件を起こしているが……馬鹿だ、実に馬鹿だ』
彼は嘲笑を浮かべた。その組織の行為が善であるかは分からない。実際、命を奪う行為をしているし、僕だって狙われた。しかも、あいつがいたのだ。綺麗な組織ではないように思う。
僕らがそんな会話をしていると、ブーと音が鳴った。
『始まるようだ……フフ』
彼は席に着く。僕は複雑な気持ちを胸に抱きながら、席に着いた。