夢は覚めるから
―離れ前 夕刻―
(大した問題もなく辿り着いたな)
ここに来るまで、かなりの人数とすれ違ったが、誰も僕がゴンザレスではないということに気付かなかった。話しかけられたと思ったら挨拶程度だったし、適当にゴンザレスっぽく返しておいた。
(さてと睦月達は……あ、いた)
やはり睦月と東は、和風庭園の中にある離れで刺身を食べていた。かなり戯れながら食事を楽しんでいるようだ。
僕と二人の距離は、木などが沢山あるとはいえそんなに離れていない。だが、二人は多分夢中で僕が見えてない。と言うより、二人の中では自分達以外消えてるんだろう。
「あ~ん! 美味ですわよ~おほほ~」
「美味しいなぁ! 睦月もあ~ん!」
恋人同士そのものの会話の内容も聞こえてくる。どうやら二人の時は普通に会話をしているようだ。
(絶対、皆この二人の関係気付いてるだろ。今まではやけに仲が良いなぁとは思ってたけど)
僕はあの露骨な最後の言葉から、それが禁断の愛にまで発展していることにやっと分かったのだ。
(滑稽だな……僕は)
年齢が同じくらいでずっと一緒にいて息も合う。二人がこんな関係になったのは、結構前からなのだろう。
気付くだけで、物の見え方がこんなにも変わるとは思いもしなかった。
(きっとこのこと以外にも、他の人と見え方が違っていることあるんだろうな。なんで気付けないんだろう。やっぱり僕が人として未熟だからかな。大人にもなって情けない……ってこんなことはいいんだ。二人を説得するために場違いを覚悟で……)
「あのさ、君はいいのかい?」
東が急に箸を止め、俯きながら言った。
「……今更、嫌だなんて言わないわ!」
睦月も食べるのを止め、東の方を見ながら言った。
「でもこの国にも、君のご家族にも……巽様にも、君の婚約者にも、全てに迷惑をかけてしまう。それだけじゃない……君は全てを失ってしまう。命だって狙われるかもしれない。そうしたら俺は、俺は君を守れるのか? あらゆる脅威から……」
東は震えていた。今から自分達がすることを考えれば当然だろう。
すると睦月は、東の手を取って強く握った。
「これは不倫だし、絶対的にうちらが間違ってるのも分かってる。心が痛くなるくらい。でも、でも! この踏み外した道でも東がこうやっていてくれるなら、うちは怖くない! 東とじゃなきゃ、うちはもうどこにも進めないの!」
東を元気づけるように、明るく元気に喋る。お陰で、僕には余計よく聞こえる。
「ごめん、俺から言っといて。夢が現実になるって思ったらさ……何か色々怖くなってきちゃって、駄目だな」
ようやく、東は睦月の方を向いた。
「駄目じゃないよ! だって人間だもん! 怖くなったり、不安になったりするのは当たり前なの!」
夢が現実になると怖くなる。その言葉が僕の中で何度も再生される。
(夢は、夢のままだから幸せなんだ。夢はいい所しか見れないから悪い所が見えるようになった時、人は夢から覚めるんだ。揺らぐんだ。不安定になる。うん、やっぱり、説得をちゃんとした方が二人のためだ。現に一人、夢から覚めたようだしね)
相変わらず二人は、僕には気付いていないようだ。話しかけようと一歩進んだ時だ。
「ゴンザレス! ゴンザレスはどこにいる!? 稽古をサボるとはいい度胸だ!」
陸奥大臣の大きな声が響き渡る。
(まずい! こっちに近付いて来てる! 流石に戦い方までは誤魔化せる自信がない……そうだ! かなり疲れるが、やむを得ない)
僕は俗に言う瞬間移動を使用し、慌てて僕がよくおじさんと会っていたあの場所へと避難した。
***
ー? 離れ前 夕刻ー
「相変わらず大きな声だなぁ、陸奥様は。それにしても、ゴンザレス様はどうしたのかな」
「ん~……」
「あれ? どうしたんだい?」
「さっき一瞬あの木の陰に誰かいたような……」
「まさか! いたら、今頃俺達の会話全部聞かれて、連れて行かれてるか、騒がれるかのどっちかだと思うよ。この距離だしね、聞こえてもおかしくない。でも、な~んともないから気のせいさ」
「そうね! 気にし過ぎね! よし、また食べましょ! はい、あ~ん!」
「あ~ん」
「ゴンザレスーーーー! 隠れていないで出て来い!」
分かりやすい二人は、最後に鈍い彼に分からせて、そのことに気付かぬまま道を外れて行く。




