茶番のショー
―ホワイトハウス 昼―
クリフは、僕から逃げようとはしなかった。だから、椅子ごと地面に叩きつけた。
『激痛だな』
一瞬だけ顔を痛みに歪ませたが、すぐに薄ら笑いを浮かべる。そして、上に覆い被さる僕を達観した様子で見つめる。それが、挑発なのは明確だった。
「よほど死にたいんだね……いいよ、殺してあげるから。いや、殺させてよ。凄く体がむず痒い」
『う~む』
命を狙わているという自覚がないのだろうか。僕を見つめたまま、抵抗する素振りすらない。このまま僕が彼の首に手を伸ばし、強く握れば簡単に命を奪うことが出来るだろう。頭を掴んで、床に何度も叩きつけ命を奪うことも出来るだろう。殺す手段がいくらでも想像出来る。魔法を使うことは出来ないが、ここにある物だけでも簡単だ。それなのに、怯える様子も何も見せない。
苛立ちが溜まって、彼の姿があいつに重なって見えてきた。余裕そうな表情、薄ら笑い、目の前にいるのは別人であっても、僕にはもう十六夜に見えていた。
「そうか……そういうことか。また僕を試して、馬鹿にしてるんだ。いいさ……別に。お前だけは殺してやりたかった。命を奪う行為がいくら無であったとしても、その無を感じたかった。お前さえいなくなれば……お前さえ消えてしまえば皆幸せになれる。でも、殺すならお前が僕にそうしてきたように沢山の苦しみをくれてやる。誰かの手じゃ駄目だって分かったよ。憎しみも苦しみも後悔も、僕の手で解決しなくては意味がないんだ。だから……じっくりと殺してやる。何十年もかけて殺ってやる!」
何が何だか分からなくなっていた。ただ殺したいという欲求と、十六夜に対して心の奥底に静かに溜め込んでいた憎しみによる殺意、元々の使命と命ぜられた使命が混じり合ってしまったのだ。
僕は、机の上にあった燭台を手に取った。これは、蝋燭を立てる為の台だ。しかし、それ以外にも使うことは出来る。素材は見るからに固い金属だ。これを使えば――。
『私と誰かを重ねているようだ。一体何者なのだろうな? 後で調べておいてくれ。相当恨んでいるようだ。時折見せる誰かを殺すような……そういうことか。これも寧々の為だ。子を心配する親心は察してやれる。まったく……』
背後で見つめるラヴィさんに、彼は言った。殺意を持った相手を気にもとめていない。目の前にいるのは僕なのに。
(僕を……)
「ここにいるのは僕だ!」
『素晴らしい茶番だった。ここまでは寧々の要件だ。さて、次は私の要件をやるとしようか――』
刹那、首筋から全身に広がるような痛みと、とてつもなく大きな痺れが体を走った。
「あ……」
視界がぼやけ、音が遠のいていく。その一瞬、自分の言動全てを冷静に判断出来た。死ぬほど恥ずかしくなった。ただ、その一瞬は数秒だ。僕は、意識を失った。