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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
二十三章 海の向こうの国へ
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歪められた心

―ホワイトハウス 昼―

「ま、待って下さいよ! また僕に催眠術をかけるんですか!?」


 催眠術というのは、本当に操ることの出来るものだ。それは魔法とは違う。魔法が発する僅かな空気の変化は一切感じなかった。

 だが、それ故に怖い。魔法は魔法で対抗出来る。ところが催眠術は、魔法とは異なるものだ。人間の精神に、独特の技を使って入り込む。人間の技への対抗の仕方が分からないのだ。


『先ほどのような誤魔化しの利く小さなものでは、本物であるとは思えないな。巽は優しい男だと聞いている。色々気遣ったようにも思える。やるならそうだな……私を本気で殺しにかかるとかどうだ? 寧々からよく聞いている。巽がどんな男であるか、は』

「は!?」

『大統領、私にもプライドがあります。私が長年かけて築いた技です。それを否定されてしまうのは悔しいのです。だからこそ意地にかけて証明します。さぁ、巽様!」


 ジョンさんが、再び先ほどの硬貨を取り出して僕に近づいてくる。


「い……嫌……」


(本気で大統領であるクリフに殺しにかかる? そんなこと出来る訳ない。彼は何を言っているんだ。大問題だよ! ジョンさんのかける催眠術は本物だ。僕に抗う余地なんて……絶対に駄目だ。こんなの!)


 逃げなければいけない。この催眠術に掛かってしまえば、また僕は外道な行動をしてしまうことになる。

 人の命を奪う行為は愚かだ。どんな理由があっても駄目だ。命だけは奪ってはいけない。もう、あんな思いはしたくない。人間が人間の命を奪うことがあってはならない。人の命は奪っても手に入る訳ではないのだから。


(どうして誰もとめないんだよ!?)


 クリフは、薄ら笑いを浮かべてこちらを見つめている。ラヴィさんは俯き、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべている。他の者達もラヴィさんと同じような様子だ。だれもとめようとはしない。クリフは対等を望んでいる。

 だが、今この現状はそうとは思えない。彼自身は下で働く者達をあからさまに見下している。彼らが、丁寧な言葉を使うことを咎めない。その理由は分からない。この状況は正直言って異常だ。


「来ないでくれっ!」


(命を狙うなんて嫌だ! もうあんな思いはしたくない!)


 僕は舞台袖に逃げようとした。だが、それが出来なかった。催眠術にかけられた訳ではない。その場から逃げることが出来ないように、取り押さえられたのだ。取り押さえているのは人ではない、金属で出来た機械だ。突然、僕の目の前に現れ捕らえられてしまった。冷たいその感触に恐怖を覚えた。


「離せっ!」

『逃げては、本物であるかどうか検討が出来ないだろう。この娯楽AIに、騙されている人間の国民が可哀想ではないか』

「この人も……?」


(この国は一体誰が人間なんだ? もう分からない……分からないよ)


 ジョンさんもえーあいと呼ばれる機械だったのだ。僕には全然そう見えない。普通の人間と大差ないのだ。同じように笑ったり、不快な感情を抱いたりしているではないか。人の技ではなかった。いや、でも彼を作り出したのが人ならば、彼の使う催眠術も結果として人の技になるのか? 分からない。分からなかった。

 ジョンさんは、囚われた僕の目の前に立って硬貨を揺らし始める。目線を逸らそうとしたのだが、そう出来ないように顔を固定された。


「嫌……だ……」

『さぁ、よく見て下さい。大統領を殺すのです』


 硬貨は右に左に、時を刻む振り子のように動く。ゆっくりと。


『殺意を掘り起こすのです。殺意を大統領に向けるのです。大統領を殺さなくてはいけません。躊躇なく、迷いなく!』


 意識がぼんやりとしてくる。体から力が抜けていく。


「あ……あぁ……嫌だ……」

『憎しみを全て大統領に。殺すのです! 殺さなくてはなりません! それが貴方の使命です!』


(使命……そうだ。僕の使命だ)


 クリフを殺すのが僕の使命だったはずだ。憎くて仕方がなかったはずだ。何を戸惑い、拒否する必要があるのだろう。そうだ、やらなければいけないんだ。


「フフフ……アハハハハハ……」


 硬貨が動きをとめた。拘束が解けて、自由になった。もう自由、そう自由だ。使命を果たすことが出来る。気分は檻から放たれ、自由を得た獅子だ。

 そして、使命を果たすべき人物に目を向ける。相変わらず薄ら笑いを浮かべている。その表情がしゃくに障った。全てが憎かった。消してしまいたいと思うのに、何を迷う必要があるのだろう。使命を果たさなくてはならない。命を奪わなくてはならない。


「殺すね!」


 あまりに楽しくて笑ってしまった。僕は迷いなくクリフのいる場所へと、足を踏み切った。

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