それはまるで魔法のように
―ホワイトハウス 昼―
僕が案内されたのは、大広間ような場所だった。ここで普段から宴会的なものをしているのだろうか。これは、よく聞く単語なので覚えている。よく使われているのだ。
しかし、この人数は宴会と呼べるのかどうか不思議な話だ。何故ならいるのは十人。しかも、座って舞台を見ているのは僕とクリフだけだ。
「何が始まるの?」
『国一番のエンターティナーのショーだよ。私はあまり期待していないがね』
「はぁ……」
結局、えんたぁてぃなぁとしょぉが何であるのかは不明だ。この宴会と何かしら関係あるのは間違いないだろう。いつか、分かればいいが。
「我々は巽様を歓迎します! きっと巽様と大領領なら、この面白さを理解して頂けるでしょう。人を操り、思うがままにする天才ジョン! さぁ、ウェルカム!」
ラヴィさんは、やたら声を張り上げて舞台袖に向かって手招きをした。すると、舞台袖から一人の男性が現れた。目が痛くなるような真っ赤で輝いている服を着ている。髪型は見たこともない独特なものだ。横の髪は刈り上げられ、中央付近しか髪がない。さらに髪は上に立てられて、緑色に染められている。
『このような場に招待して頂き、感謝申し上げます! 国を代表して歓迎致します』
彼の言葉も翻訳して伝えられている。本当に凄いものだ。こんな奇抜な格好をしている彼がどんなことをしてくれるのか楽しみだ。しかし、隣のクリフは口をへの字に曲げてつまらなそうだ。
僕は、とりあえず拍手をすることにした。響くのは僕のその拍手の音だけだ。
『ハッハッハ! 早速ですが巽様。どうぞこちらへ』
奇抜な彼は僕を手招きした。少し戸惑ったが、僕はそれに従って舞台上へと向かった。少し隣のクリフの視線が痛い。
(怖いな……ハハハ)
舞台上から見ると、改めて大広間が広いことが分かる。それに対しての人が圧倒的に少ない。しかも、その内一人は敵意剥き出しだ。こんな場所で芸を披露するのも辛いだろう。僕だったら、やっていける気がしない。これが、えんたぁてぃなぁということか。
『さて巽様、この硬貨を見つめて下さい。目線を逸らさずに、これをずーっと見つめて下さい』
彼が差し出したのは、糸とそれにぶら下げられた硬貨。
(見つめればいいのか?)
言われた通り、僕はその硬貨を見つめる。次第にそれはゆっくりと左右に揺れていく。僕は、それから目を逸らさぬように必死で追う。
『貴方は体が石のように固まって、そこから動けなくなります』
その言葉だけが、何度も繰り返し僕の中に入り込んでくる。
(石……動けなくなる)
しかし、手を一度叩いた音によってそれは妨害された。硬貨がスッと僕の前から消えた。
「う」
体を動かそうとした。しかし、出来ない。歩く為に足すら動かせない。手の指すら動かすことが出来ない。視線すら目の前から移動させることが出来ない。言葉という言葉を発することも出来ない。
『見て下さい、これが私の力です!』
彼は自信満々に、両手を広げて舞台から喝采を求める動作をした。それによって、僅かな拍手が起こる。それは決して馬鹿にしている訳ではない、人数が僅かしかないからなのだ。確認出来ないが、クリフは拍手をしていないだろう。
『ありがとうございます! さて、巽様を解放しましょう!』
彼は手を叩いた。すると、石のように固まっていた体が嘘のように簡単に動き出した。当たり前の行為が当たり前に出来ることが、とても嬉しかった。自由になれると言うのは本当に幸せなことだ。こんな小さな自由さえも、幸せに感じるくらいの束縛だった。
「はぁ……はぁ……」
魔法のようだった、それが魔法でないことは明らかであったが。これも技術が生み出したものなのだろう。
『その程度か?』
少し和やかな空気が流れていたのに、それを切り裂く声があった。その声は、案の定クリフのものだった。
『催眠術か? その程度のことしか出来ないのなら、面白くもなんともない。巽にやらせただけではないのか?』
クリフは、肘をついてこちらを見ている。全く興味がないのだろう。すると、ジョンさんは自尊心が傷ついたのか顔をムッとさせた。
(どうしようどうしよう)
険悪な雰囲気が出ている。この場で、何をどうするのが正解なのかが分からなかった。
『私の力は本物です! いいでしょう、最高の催眠術を見せて差し上げましょう!』
ジョンさんは、勢い良くこちらに振り向いた。何故だろう、とてつもないくらい嫌な予感がするのは。