目の前にいる人さえも
―ホワイトハウス 昼―
内部も白を基調としているようだった。若干城に似ていて、また懐かしい気持ちになった。まだ一週間程度しか経過していないが、僕にとってそれはあまりにも長かったらしい。広々とした玄関、中央には二階へと向かう階段がある。
『待っていたよ、国王陛下』
その階段には灰色の髪を七三分けにした一人の男性がいた。あの黒い服とは違うが、引き締まった服を着ている。男性から放たれる雰囲気から、彼が大統領と呼ばれる存在だとすぐに理解出来た。
彼は、手すりを支えにしながらゆっくりとこちらへと下りてくる。
『それにしても、相当な時間がかかったな』
(あれ? 何かおかしい)
よく耳を澄ませば、彼の声は二重に聞こえた。僕の理解出来る日本語と本来彼が使っている言語であろう英語。どちらも同じ声だが、使っている言語は違うのだ。
それで、ある人物のことを思い出した。それは智さんだ。彼は、物真似が異常に得意であった。声だけ聞けば本人と聞き分けることは難しい、それに英語も扱えた。彼のお陰で英語を使う女性とも色々な話をすることが出来た。でも、それは智さんが僕と同じ”化け物”であるからこそ。
(だとすれば彼は一体? もしかして、そういうことなのか? だが、ここまで堂々と使うものだろうか?)
彼の目を見る。しかし、変な所はない。青色の瞳が僕を見ているだけ。こちらの国の人の普通の瞳の色だ。
化け物にされてしまった人間は、目に影響が出る。それは人それぞれである。僕の場合は瞳の色にそれが現れ、黄色になった。今は何故か元通りだが。
『凄いだろう? これは、最近我が国が開発した同時翻訳機械と言う物だ。一対一の会話でのみ有効だ。どちらか一方が、身に着けるだけでいい。かつて、国にいたと呼ばれる伝説の生き物の伝承を参考に長い時間研究に研究を重ねてね。所詮は、ただの伝承だと言うのに……それでも再現出来るのが人の恐ろしい所だ』
誇らしげに彼は語りながら、ようやく階段から下りた。
(伝承? 伝説の生き物……それを参考にしただって? もしかして……)
「それって龍ですか?」
僕も少し前まではただの伝説だと思っていた。しかし、色々なことに巻き込まれそれは真実だったことを知った。そして、その龍が化け物を開発する技術に深く関係していることも。
元々、それは海外より生まれた技術だった。それを昔、鳥族が運んで来てしまった。伝説通りであれば、龍も空を飛べる。様々な国に行き来することは可能だったはずだ。
『嗚呼、その通りだ。現実離れした話だ、こう話していることすら馬鹿馬鹿しい。でも、その伝承がなければこれが開発されることもなかった』
彼は、僕の目の前に立った。
『人の欲望を反映したものなのかもしれないな。そういった馬鹿馬鹿しい話は……さて、改めて歓迎しよう。宜しく、巽』
僕の手を強く彼は握った。
「……いつか私もお役御免でしょうか」
隣のラヴィさんがか細い声で言った。すると、僕の手を強く握ったまま彼は言った。
『進歩の階段だ、普通の階段と違って誰も下りることはない。上って行くと、一度踏まれた階段はもう二度と踏まれることはない、ないんだ。だが、その段としていられるのは一部だ。お前は恵まれている』
(進歩の階段? ラヴィさんは段の一部で恵まれている? じゃあ……)
彼が食事をしていなかったのは、彼が作られた存在であるからということだろうか。人としての栄養源を必要しないから。つまり彼は、あの少女の機械と同じ?
『言い忘れていたが、こいつは人間ではない。人と何ら変わりなく生活出来る人工知能を搭載した人型機械だ、翻訳が一番得意なね。君の監視と護衛を担当させていた』
「え?」
『経費削減にも繋がる。あの船のほとんどの乗組員は彼と同じような人型だ。違和感なかっただろう?』
恐ろしくなった。もしかしたら、目の前にいる大統領でさえも――。
『怯えた子犬のような目だ。便利になることに何の問題もない。さ、君もお腹が空いただろう。最高の料理でもてなしをしよう。自己紹介が遅れたが、私の名はクリフォード・R・ニュートン、私は普通の人間だ』