真実は常に残酷で
―船内 夜―
静かながら淡々と繰り広げられる戦い。今まではあっさりと数十分程度で終わっていた勝負だったが、今回は違った。終わらない。僕の作戦が効いているのか、少女が焦っているのか、勘がいい方向に持って行ってくれているのか。
「……イマサラ」
少女がぼそりと零した。
「どうして、君はそんなに焦っているの?」
僕は札の山に新たなる札を重ねる。同じような攻防の繰り返し、だが手札は確実に減っていく。僕の時間延ばし作戦もあって間違いなく一時間は経過した。僕と彼女の手札は同じくらいだろうか。彼女の手札は一枚、僕の手札も一枚。
あれ以降、彼女は警戒しているのか、一気に勝負をしかけるつもりなのか、宣言をしていない。僕もだ。様子を探っている間にここまで来てしまった。
「アナタ、ワカラナイ。ムダ」
「……そうか」
確かに分からないだろう。僕としても今、彼女が何故焦っているのかはそんなに重要ではない。ただ、時間を延ばすために聞いてみただけだ。
「トクチョウ、ツカンダハズ。ナノニ、コンナノ……」
(特徴を掴む? もしかして、僕の戦い方の癖を見抜くためにあんな馬鹿みたいに遊んだってこと? 今までは情報収集の為の、今回は本気で僕を……)
その情報収集戦に、淡々とあっさり連敗し続けた僕は一体何なのだろう。しかし、今は今。その情報を全て無駄にしてやる。今までと違うことをして混乱させてやる。
「僕だって勝ちたいんだ。死ぬ訳にはいかない。まだ……」
僕は手札を確認する。残った手札は「十二」だ。これから少女の番、そして順番の数字は「十一」。ここで僕が何も言わなければ彼女の勝ちで終わってしまう。だから宣言をしなくてはならない。正直、相手がその数字を出しているか、出していないかは分からない。
だが、言わなければ負ける。そして、死ぬ。勝つ為の最善の方法は一つだけ。宣言をして、相手の手札を増やすこと。彼女も順番通りの手札を持っているかもしれない。ここが、勝負の分かれ道だ。
「コレデ、オワリ」
少女は「十一」の札を置く。そして、僕は宣言をする。
「ダウト」
拍動の音が部屋いっぱいに広がっている気分だ。その宣言を聞いた少女は「やっぱりか」とでも言いたそうな表情を浮かべた。少女は自身が置いた札をめくる。そこに書かれていた数字は「二」であった。
「やった!」
喜びのあまり、声を出してしまった。大人げもなく。初めての宣言成功だったのもあるし、これで僕の勝利が決まったからだ。
少女は無言で札を集め、莫大な量の手札を持った。そして、僕は最後の一枚の手札を置いた。
「十二だよ」
僕は証拠にと、札をめくった。勿論そこに描かれた数字は「一二」だ。
「マケ……ヨソウガイ……ハイキ」
少女は敗北への驚きを隠せていない。その目には、絶望に近いものが浮かんでいた。
「賭けに勝ったのは僕だ……死ぬのは――」
「ギャハッハハハハハッハハハッハ!」
少女は狂ったように笑いだす。目を見開き、口を大きく開けて。その少女らしからぬ不気味な様子に、違和感を感じた。勘が告げるものではない。本能的に感じた違和感だ。
その違和感を証明するかのように、少女の目の色が赤く点滅を始めた。それは、絶対に人間ではありえないことだ。
「違うな、私の勝ちだよ。巽」
少女は今までの片言と違い、はっきりと言葉を紡いだ。そして、その声は少女のものではなく、聞き覚えのあるあいつの声。しかし、少女の口は動いていない。
「な……!?」
電子的な赤い瞳は、声が発される度に強く光った。
「敗北こそ我が勝利の道だった。勿論、このAI少女は本気で勝とうとしてたよ?」
「えーあい? 何なんだよ……これ! どういうことだよ!」
机に怒りをぶつける。机に置かれていた山札が飛び散って落ちた。
「私も最初見た時は驚いたさ。人間と大差ないから……これが技術の集大成ってことなんだろうね。これでも、彼女は初期型の試作品なんだって。賭け事専門のね。相手の戦い方だけを考えて、相手の戦い方に合わせた賭けをする。それが彼女の長所であり短所だ。相手に、その賭けの本質的なことを見抜かれたら負ける。あと、初期型なこともあって、相手の情報を獲得するのに時間がかかる。ま、巽にはちょうどいい相手だっただろうけどね」
「わざわざこんなことをする必要はあったのか!? 僕を勝たせたかったのなら、最初から勝たせれば良かったじゃないか……意味が分からない」
「フフッ、巽が勝てたのは何故だ? 巽が相当な馬鹿でないなら、そろそろ感じ始めている頃だろう。だけど、残念ながら巽は相当な馬鹿な可能性の方が高い。だから、わざわざこの機会を使わせて貰ったよ。罠に簡単にはまってくれてありがとう。巽が勝てた理由……それは、お前の死はこの世界が許さないからだ。絶対に死なない……巽が王である限りは、ね。自分の命を利用すれば巽はもっと強くなれる――」
「強く……」
あいつの言葉だと分かっていても、その”強くなれる”という言葉に、僕は惹かれた。
***
―ゴンザレス 池 夜―
「くそ……おえっ……」
とまらない吐き気、脳裏に焼け付いた人の死。一人になって冷静になる時間、唐突に俺は懺悔の気持ちに襲われた。付着した血液を何度洗い流しても消えない。流したはずなのに、ずっと存在し続けている。それが幻覚なのか現実なのか分からない。
「こんな思いをお前には――」
人の悲鳴、叫び声、それらが混ざり合った絶望。耳に焼けついて離れない。
「させたくない」
池に入って何時間も洗っている。でも消えない。俺が人を殺したという事実は。水で全てを流すことは出来ない。永遠に俺は――この罪を背負い続ける。