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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
二十二章 海の旅
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一つの命

―船内 夜―

 扉を開けるとすぐ、その少女は逃げるように部屋へと飛び込んだ。この少女は一体何歳なのだろうか。身長だけで見ると、閏と同い年かそれより上かくらいだ。


「……怪我とかない?」


 少女の目線に合うように、僕はその場にしゃがみ込む。赤髪を二つに結んだ少女は、目に涙を浮かばせた。それが安心によるものか、残った恐怖によるものかは分からない。だが、彼女が恐ろしい思いをしたことには変わりはないだろう。


「ダイジョウブ、コワカッタ……」


 ついに、涙を流し始めてしまった。死ぬと思うほどの騒動、彼女の感じたことを思えば涙が流れてしまうのは当然だろう。

 しかし、それなのにこの部屋にいる僕には物音一つ聞こえなかった。


「何が……あったの?」

「ウ……」

「え?」

「ウアァァアアン!」


 僕が聞いてしまったのがまずかったのか、少女は泣き始めてしまった。よく考えれば当然だ。恐怖と不安を思い出させるような行為なのだから。


「ごめんね、そんなつもりはなかったんだ。話さなくて大丈夫だよ、もう怖くないから」


 僕は、少女の手を包み込んだ。すると、少女は少し安心したようで大声で泣くのをやめた。


「ウゥ……」


(困ったな……外で何が起こってるのか聞けないとなると……自分で様子を見に行くしかないかな)


 僕は扉の方へ行こうとしたのだが、少女はそれを良しとはしなかった。


「イヤ、ノー、イッショ、コワイ」


 強く僕の手を握って離してくれない。


「でも……」

「コワイ、ヒトリ、ヤダ」


 涙でいっぱいになった目で僕を見つめる。僕の苦手な宝石のような目、輝くその目で見つめられてしまったら、もう僕は何もすることが出来ない。そして――。






「カチ!」


 少し前まで泣いていたのが嘘のように、少女は悪戯っぽく笑って僕を見る。


「また負けか……」


 僕と少女は今、トランプと呼ばれる札を使って遊んでいた。僕にとっては遊んでいる暇ないのだが、少女の目力に力なく敗北してしまい、この様だ。

 と言うか、少女もこんな呑気に遊んでいていいのだろうか。少し引っかかる。


「ヨワイ!」


 この少女は片言だが、日本語はしっかりと理解出来るらしい。僕が負ける度に煽ってくる。しかし、その煽りは間違いではない。五十回近く遊んでいるのだが、連戦全敗だ。


「モウイッカイ! ダウト!」


 ダウト、と呼ばれる札遊び。少女は遊び方を丁寧に教えてくれた。僕にもしっかり理解出来るくらい。遊び方を理解すると、意外と簡単で面白い。頭脳や心理を使い、自分の思うように事を進めていく。そんな遊びなら、大人の僕の方が有利だと思った。しかし、現実はそうではなかった。


「嗚呼……いいよ」


(ラヴィさん……呼んだ方がいいのか? でもそうしたら、人を入れてしまったことがバレてしまうよね。僕は約束なんてしていないけど、向こうにとってはしてるんだもんなぁ)


 怒られてしまうかもしれない。というか、この行動色々影響があるような気がしてきた。


(どうしようどうしようどうしよう)


「ツギハ、イノチ、カケル」

「命? 命って言った?」


 命を賭ける、そう聞こえた気がした。


(いや、まさか……相手は閏くらいの子供だよ? 賭けなんて……しかも命? 冗談か聞き間違いだよね?)


「ハイ! アナタ、ヨワイ! コロス!」


 無邪気な笑み、それは僕に恐怖を与えた。ラヴィさんの言っていたことは真実だった。ちゃんと、素直に聞いていればこんなことには――。


「僕を馬鹿にしてるんだよね? だって君は……」

「ワナハマル、オロカ。ゼンブ、ウソ。オウ、コロス。デモ、コノカード、ショウリ、コロサナイ」


 笑顔を浮かべたまま、少女は札を全て集めて綺麗に切り始めた。こんなに綺麗に切っている姿を見たのは、今が初めてだ。


(信じていれば……騙されなければ……)


「ハジメマショ」


 豹変した訳ではない、ただ純粋な笑みを僕にぶつけ、命を賭けるこの勝負を始めようと言ってくる。


「嫌だ」

「アナタ、ヒミツ、バラス、ケモノ、アナタノスガタ」

「なんで……」

「ドウシ、イザヨイ」


 その名前を聞いた瞬間、体に電気が走るような感覚を覚えた。また、あいつにはめられた。一体、どこまで見通しているというのだろうか。


「あいつ……!」

「ドウスル? キャハハハハハハハハ!」


 こうなってしまった以上、選ぶものは一つだけ。守るべきものを守る為に――。


(ごめん、母上)


「勝つよ、僕が」


 この少女が何者であるのか、思惑全てを知ることは出来ない。だが、そんなことはどうでもいい。国と未来さえ守られるのなら。この一つの命、賭けてやる。

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