約束を守る最上の方法は約束をしないこと
―船内 朝―
「……実を言うと、既に先ほどお話した組織から巽様の殺害予告が来ています」
「えっ」
「警備を頑丈にするために多くの人員が……しかし、逆にそれが仇となるようにも思うのです」
今まで穏やかな時間が流れていたのに、一気に罰を感じさせる。
「仇になるってどういう意味ですか?」
「人が多ければ安心出来ます。ですが……人の顔が覚えられないくらいの中に、その組織の人間が紛れてしまったら? 奴らにも学はあります。それくらいのことが出来ないはずがないのです。今までにも前例があるのです。こちら側の人間を装い……ですから、巽様。この食事が終わったら、部屋から出ないで頂きたいのです。本当なら、景色の望める素晴らしい部屋をご用意したかったのですが……安全の為に窓のない下の部屋に」
「どうして、すぐにその部屋に案内しなかったんですか?」
「……その部屋が安全であるとは断言出来なかったからです。先ほど調べさせて異常なしと連絡を受けたので、もう大丈夫です。それに、この景色を見て欲しくて……申し訳ございません」
ラヴィさんは、悲しそうに言った。しかし、その話の中で僕は不思議に思った。
(いつの間に連絡が? 食事をしている間に連絡が来たのだとしたら……そんな様子なんて)
「待って下さい、いつその連絡が来たんですか? 僕の食事の間に連絡があったんだとしても、そんな素振りなかった……もしかして、貴方が――」
「それは違います! 少し前に言いましたよね、我が国では元々持っていた魔法を捨て、技術で生きる道を選んだのです。巽様の常識では、考えられないようなことくらい出来るのです。それが私達の常識ですから。さぁ、ご案内しましょう。お部屋へ」
常識という言葉を出されてしまうと、何も言い返せない。確かに、アメリカという国のことは全然知らない。魔法を捨て、圧倒的技術を得た国。それがどれほどのものだろうか。僕が知っているのは、これくらい。
「はい……」
正直言って、今のここまででラヴィさんに対する不信感は倍増している。彼の言葉をどこまで信じていいのか分からない。彼の言葉を信じるのなら、部屋に行くことに従わなくてはならない。しかし、信じないのだとしたら、彼の言うことには従うべきではない。
一応、彼が歩き出しているのでついていく。変について行かないと、怪しまれてしまうだろう。
(人を疑うなんて……僕らしくないかな)
人を疑う行為はあまり好きではない。人を信じていたい、甘えかもしれないが安心出来る。疑って生きるのは苦しいのだ。
(でも、これで信じるのも……)
今まで信じ過ぎて、散々な目に遭ってきた。学習すべきなのかもしれない。
(どうしよう……)
悩んでいる間にも、景色はどんどん変化していく。綺麗に見えていた景色が消えた。完全に内部へと入って来てしまったようだ。
「はい、到着しました」
ラヴィさんは、満面の笑みで一つの金属製の扉を指差す。
(到着してしまった……)
「どうしましたか? 不安そうですね」
「……怖いんですよ」
「はて? 大丈夫ですよ。私が守りますから」
「……ありがとうございます」
その扉をラヴィさんが開く。扉の向こうは、どれだけ無機質なのかと想像していた。が、扉の向こうは意外にも豪華であった。
「王が宿泊される部屋が無機質で質素という訳にもいきませんし、過ごしにくいというのもなりません。ですので、お風呂やお手洗いもしっかりと完備しています。広々とした場所ですから……窮屈な思いはしません。ですが、退屈かもしれません。これも貴方を守る為ですので、ご理解頂きたいと存します」
「あ、嗚呼……」
ここまで来てしまった以上、逃れることは出来ないだろう。僕は仕方なく足を踏み入れる。
「あ、私以外の人が来ても部屋の扉を開けないで下さいね。ご飯だけはちゃんと持ってくるので! 約束ですよ!」
それだけ言って、ラヴィさんは扉を閉めた。
「鍵、閉めて下さい!」
「はい……」
言われるがまま、鍵を閉めた。鍵の閉まる音が心に突き刺さった。
(本当に情けない奴だ、僕は)