求めていたのはこれ
―船上 朝―
運ばれてくる料理は、どれもこれも美味しかった。見慣れない料理もちらほらとあったが、味付けは僕好みで食べやすい。肉もあるが、少量で良かった。出来れば、僕の国の料理長にも見習って欲しい。朝の胃にも優しい朝食というものを。
しかし、こんなにも美味しいのにも関わらず、ラヴィさんは何も食べてはいない。ただ両肘を机につけて、笑みをこちらに向けている。ずっと見つめられたまま食事をするのは、少し恥ずかしい。
「食べないんですか?」
(僕ばかり食べていては少し申し訳ないし、恥ずかしいし……)
「私は……フフ、食べましたから。どうぞ気にせずお召し上がり下さい。あ、スープ美味しかったでしょう? 毒は完全に大丈夫でしたね」
何かを誤魔化すように、ラヴィさんは言った。それに少しの不信感を抱いたが、事実何も僕の身には起こっていない。
「えぇ、そうですね。これぞ朝食って感じです。ずっと憧れていた軽さです」
「え、日本という島国に住む方々の朝食って質素ではないのですか? 汁物にご飯、漬物にお魚……みたいな」
「他国はどうか知りませんけど……僕の国では基本的に昔からとんでもない量でした。朝とは思えない、常に晩御飯の量で。異文化を取り入れるようになってから、さらにそれが悪化して……海外は全部ああなのかと思っていました。しかし、そうではないのですね。こちらがやり過ぎているだけなのですね」
早急に改善を願いたい。質素な朝食を食べたい。朝、食べるのが苦手な僕にとっては朝食は地獄そのものだ。本当にどうして皆、あんなに美味しそうに次から次へと食べることが出来るのか知りたい。
「逆に興味がありますね! クレイジーな朝食!」
「くれいじぃ?」
「お~、そうでしたそうでした。狂ってる、イカれている的な意味ですよ。フフ、学校の先生でもやってる気分ですよ」
「学校……先生……こんな風に教えてくれるんですか?」
僕はあまり学校という場所を知らない。誰かの話で聞く程度、いつもそこから想像していた。学校には先生がいて、生徒がいる。そして、先生が生徒に勉強を教える。どれだけ憧れたか。どれだけ夢を見たか。
昔から残る伝統によって、学校に通うことは叶わなかった。その代わり外から偉い学者を呼ぶか、学のある大臣達に勉強を教えて貰った。ただ、それが先生と生徒という関係であったかと言われれば、違う。学者と王子、大臣と王子、そんな関係だった。
「はい。私はあまり学校は好きではありませんでしたがね。規則も多いし、授業は眠たいし……でも、思い返せば楽しかったのかもしれません。時に帰りたい、と思ったりします。巽様は、学校に通われなかったのですか?」
「僕の国の伝統行事で、王族の子供は十五になるまで城の外から出てはいけないというものがあるのです。僕は良かったですけど……姉上達は暇を持て余していました」
その二人の内、一人は自由を求めて使用人と共に飛び出した。もう一人は、僕の愚かな行為のせいで眠ったままだ。あの頃は、あの頃で楽しかった。もうその時間は帰ってはこないし、戻ることも出来ない。全て、僕のせいで。
「ある程度は勉強してはいましたが……聞けば聞くほど、知れば知るほど興味が湧きますよ」
「光栄です、お暇があれば観光に是非」
「いいですねぇ、観光。フフ、心躍ります」
ラヴィさんと会話をしながら、僕は朝食を終えた。朝日が心地いい。朝が始まるという感覚を覚えた。
「ご馳走様でした」
「結構食べましたね」
机には一人分ではないくらいの皿が並ぶ。ラヴィさんからしてみれば、自国の朝食が重くて量が多いと文句を言っている奴が、これだけの量を食べているのは不思議で仕方がないだろう。実際、僕の胃ははち切れそうだ。二人分を食べることが出来たのは、あっさりしていたお陰だ。
「……あっさりしている食事は、いくらでも食べられます」
「そういうものなのですか」
「……多分」
とりあえず、笑って誤魔化すことにした。
「さて……朝食を終えましたし、話さなくてはならないことをお話しします」
ラヴィさんは、ついていた手を膝の上へと持っていった。どうやらとても真剣な話であるようだ。僕もその話を聞く為に、背筋を伸ばした。和やかな空気が、一瞬で張り詰めていくのを感じた。




