その美味しさには毒がある
―船内 朝―
体の疲れをしっかり取った後、僕らは朝食を食べる為に食堂へと向かった。食堂にも誰もいなかった。
「ここって……僕達以外いないんですか?」
すると、ラヴィさんはギョッとした表情でこちらを見た。
「海外の要人と、そこらの客を一緒の船に乗せる訳にはいかないでしょう」
「でも、こんなに大きいのに……勿体ないように感じます」
外から見た限りではあるが、部屋は恐らく百室は超えているだろう。それなのに、そのほとんどを使っていないということになるのではないだろうか。
「要人の護衛に、要人をもてなす使用人……それだけでそれなりの数になるのです。部屋は余りません」
「そうなんですね」
「フフッ、普通に考えて下さい。貴方は王なのです。何者かに狙われる可能性は十分にありますよ。いえ、常に狙われていると……ってどうしてこれを私が言わないといけないのですか? 巽様、相当平和な世界で生きてきたのですね」
ラヴィさんは、やれやれと大きく首を振った。
平和な世界、そんなことはない。十六夜のこともある。そして化け物のことも。僕自身がその加害者であるが、現在僕の中の化け物は完全に眠りについている。しかし、それだけの困難がある中、とても平和であるとは到底思うことは出来ない。
「そんなことは……」
「私達の国は昔と比べれば、とても治安のいい国です。ですが、それは私達の基準。子供一人が出歩くことは危険です。一人で留守番をするのだって。夜、一人で出歩けるような地域でない所もあります。未だにいがみ合っている地域もあります。その国でそれなりの役職に就くことは見ず知らずの誰かの支えになる反面、見ず知らずの誰かに強く恨まれるのです。残念ながら我が国には、他国から訪れたそれなりの身分の人物を殺すことを手柄としている組織もあります。その為に、わざわざ潜り込んだりする輩もいるのです……まぁ、これはごく一部の例を極端に話しただけですけど……このような現実があることをお忘れなきよう」
話を聞いていると、段々と血の気が引いていくのを感じた。僕だって、誰かに常に命を狙われている恐怖を感じたことがない訳でもない。
しかし、僕の国とは全く違う物騒さ。その物騒な状況でさえも、昔と比べると治安がいいと感じてしまう感覚。それが当たり前だったのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。
「……食前に、こんな話は聞きたくありませんでしたかね」
ラヴィさんは申し訳なさそうに笑った。
「いえ……」
(そうだよね。罰を与えられるんだから、それなりの危険は当然あるよね)
「……実は本当はもっと話さないといけないことがあるのですが、それは食後にしましょう。さ、トカゲのスープは絶品ですよ」
「毒がある奴ですか?」
トカゲのスープ……汁物はあまり得意ではない。一度、美月がそこら辺で取ったトカゲを適当に釜茹でしたものを食べたことがあったのだが、あの時の苦しみは忘れない。
勿論、彼らがそんな毒抜きをしないなんてことはないとは思う。だが、怖いのだ。前のように、体の大半が石になってしまうのは耐えられない。
「この世の大半の動植物は毒しかないじゃないですか~毒なしなんて貴重過ぎますよ……少なくとも我が国には、ほとんどいません。ですが安心して下さい、綺麗に毒抜きしてますし。万が一があってはならないので、毒見係もおります。それでもってことがあってはならないので、毒抜き専門の医者もおります」
ラヴィさんのその話は、逆に僕を不安にさせた。万が一も、それでもってことがあったのだろうか。
「あの……何か前例が?」
すると、ラヴィさんの動きが一瞬ピタッととまった。
「お~ぅ、ハッハッハッ! 念には念をって奴ですよ。これ、最初に私が知った日本語で~す」
しかし、すぐに足早に前へと歩き出した。
(あったんだ……あったってことだよね)
「ささ、巽様! 食べましょう食べましょう。大丈夫ですよ、美味しいですから」
「美味しいのは分かってるんですけど……ハハ」
食事における最大の危険は毒だ。特に魔法を使う僕らには非常に重要なこと。美味しさだけに囚われては、いつか痛い目を見る。
(食べないと元も子もないから食べるけど……)
手招きするラヴィさんの所へ、足早に向かった。