現実と理想
ー船内 早朝ー
船は出航した。結局、僕は誰にも何も伝えることは出来なかった。
(いいのかなぁ……こんなに快適に過ごして)
肩、手、足、背中などに蓄積されていた疲労が、全てどこかに飛ばされていくような快楽がここにある。上質な革の椅子。最初はただのふわふわの椅子かと思ったがそうではなかった。
座った後、近くにあった謎の記号が描かれた所を押すと、激しく振動を始めたのだ。最初は恐怖を覚えた。しかし、すぐに安らぎが与えられた。隣の同じ椅子に座るラヴィさんも、気持ち良さそうにしている。
「はぁ……」
目を瞑って今までのことを考える。自分自身にあったこと、国で起こったこと。考えたい訳ではない、勝手に頭の中を巡る。だから考えるのだ。
「ため息ですか? やっぱり、王様って大変なんですか?」
「全てがこの僕の手にあるようなものですから。正直、あまり考えたくないことです。考えない訳にもいかないんですけどね」
「辞めたい、とか思ったことあるんです? 私らみたいに、普通に。あんまり、聞いてはいけないことだとは理解してるんですけど。普通に気になるんですよね。どうなんですか?」
ラヴィさんは、声色を弾ませながら聞いてきた。僕なんかのことを知った所で何にもならないだろうに。
「そうですね……」
(……もう始まっているのかな)
僕は悩んだ。変に隠してはいけない、本来の自分を。それが米国との約束の一つ。それがもう始まっているのだとしたら、嘘をつくことは許されないだろう。
ただの通訳かどうかは不明だ。ただの通訳でないかもしれない。僕は一つ、覚悟を決めた。
「ありますよ。何度も何度も」
「やっぱりあるんですねぇ。ちょっとだけ親近感湧きました。王様ですかぁ……国の頂点……我々の国で言ったら、大統領的な立ち位置ですよね。うん、仕事を想像するだけで凄いなぁって。尊敬します」
「大統領?」
「あ、はい。我々の国では国民の代表を選出しています。それが大統領です。男性の方なんですけど……なんというか現実主義者なんですよね。本当に人間なのかと思ってしまうことがあります。あ、こう言ってること内緒ですよ。怖いので……」
「でも、国は安定しているんでしょう?」
「あ、それはそうですよ。経済も治安も昔とは比べ物にはなりません」
「だったらいいじゃないですか。国が安定しているのなら……例え、その人が人間であるのかどうか不思議に思っても」
要は、結果が全てだ。もし国が安定するのなら、血が通わない人間が統治してもいい。
「それに……理想だけを追い求めても国は導けない……ふふ、僕も大統領から学ぶ必要がありそうですね」
いつも現実を受けとめ切れない僕には、いい出会いかもしれない。