初代王の願い
―ゴンザレス 自室 夜中―
「まだ子供のお前は解放されてねぇ……ったく」
こっちがわざわざ色んな物を失って、罪を被ってやったというのに、どうしてここまで時間がかかっているのだろうか。
元々子供の小鳥は無罪だった。ただ、その場にいただけ。持っていた凶器も、藤堂先生の死因ではなかった。真犯人は、目の前で伏し目がちに佇んでいる女だ。物事をややこしくしてしまった張本人であり、大人の小鳥だ。
「我々一族しか知らない、深い闇なのです。故に、どうすれば良いのかと一族が悩んでいるのでしょう。確かに無罪は証明されています。幼い私には知りえない呪術でしたから。ですが……ゴンザレスさんが演じた、存在し得ない女性の存在に一族は困惑している。一族しか知りえないことを知っている。しばらくはまだ……続くでしょう。巽様が帰ってくるまでに解決すればいいのですが……」
「またあいつかよ」
すぐに出てくる名前だ。こいつの頭の中にあるのは巽だけ。そりゃそうだ、今までずっとそうだったのだから。巽、という名は俺の名前である訳だが、その巽は俺じゃない。そう考えるだけで、とんでもなく不快な気持ちが広がっていくのだ。
「子供の私が近くにいることが出来ないとなると……少し不安です。巽様は強いけど、本当はとっても弱々しくて……それでも頑張って生きてて……」
「もうその話は百回以上聞きましたよ~。今話すべきはそれじゃないでしょ~、いいですか~」
なんであんな迷惑かけまくりの奴がいいんだろうか。俺が迷惑かけたら、すぐ怒るのに。あいつになったら、許されるのか。
俺とあいつの違いは性格と身分くらいだろう。それなのに、どうして俺はあくまで相棒扱いなんだろうか。
「すみません~……えっと……」
「お前の一族と呪術と初代王について、全部話すだったろ」
「そ、そうでした」
(さっきの今だぞ……妄想だけで一気に吹っ飛びすぎなんだよ)
大人の小鳥は、失態を吹き飛ばすように咳払いをした。
「話を戻します。我々一族の罪と呪術……そして初代国王、宝生 暁について」
「おう」
小鳥は、視線を俺にしっかりと向けた。
「初代王である彼は……怯えていました。いつまでこの国が続くのか、と。彼の統治していた時は、そんな心配をするようなことは一切起きていませんでした。ですが、彼は将来を見据えていたのです。見据え過ぎているくらいに」
(そういえば会社の創業者の名前は……なるほどねぇ、そういうアレなんだ)
「その場だけ、ってことじゃない点では素晴らしいじゃん。後世のことを考えない統治をする奴が多いのにさ」
「考え過ぎもいいものではありません。彼は国の、いえ世界の運命さえも歪ませた。多くの人々を巻き込んで」
「多くの人々?」
「はい。陸奥家、朝比奈家、興津家、薬師寺家、栗原家、花宮家の何も知らぬ者達を器にしました。そして、神呪家は知っていたのにも関わらず、王をとめませんでした。共謀したのです。王と同じく亡びることを恐れたのです。国を国民を愛していたからこそ……それが一つの大きな、いいえ大き過ぎる過ちでした」
それらの名は全て聞き覚えがあった。陸奥家や朝比奈家などは大臣を務めている者の苗字だ。神呪家は小鳥の一族の苗字。
「王は呪いをかけました。六角形の角の部分に塔を建て、そこに人柱を置いたのです」
「その人柱って、陸奥家とかの?」
「そうです。彼らは何も知らぬまま、王の命令に従いました」
「え、どうなったの?」
小鳥は、一旦大きく息を吐き出して答えた。
「神に身を捧げる為の存在、呪いの代償。彼らがどうなったのか……全てを見守っていた神呪家の手記にはこう記してありました。『陸奥は神の雷に焼かれ、朝比奈家は神の涙で溺れ苦しんだ。興津は神の気まぐれにより、気が狂うまで痛みで弄ばれた。薬師寺は冷徹な神によって、血を全て抜き取られた。栗原は体全てが粉々になるまで、掻き混ぜられた。花宮は神の優しさに触れ、一切の苦しみを感じることなきままに、死を感じることもないまま眠りについた。全ての死を見届けた私のやるべきことは一つ、城から塔からの神の力を利用し、国全体に永遠の呪いをかける。私は死ぬだろう。彼らと同じように、全ての苦しみを感じながら……王の願いの為に全てを捧げる』と」
こんな時に限って、頭の中でリアリティのある映像が流れてくる。焼かれるとか、溺れるとか、気が狂うまでの痛みとか、血を全て抜き取られるとか、粉々とか、優しさとか……吐き気を催す邪悪さだ。
「そのお前の先祖がどうなったか、は?」
「手記を記していた方のお子様の物を見つけました。えっと……『父は得体の知れぬ不気味な化け物へと姿を変えました。それが神の最後の代償。父を一室に封印します。父は神の器になってしまったようです。父の父としての意識はありません。嗚呼、神様、神様は元々人であったはずなのに、どうしてここまで残酷なのですか? どうして王は何も罰せられぬのですか?』と、それはとても悲しい内容です。最初この手記を読んだ時、涙がとまりませんでした」
そう言う小鳥の目には涙が浮かんでいた。
「王だけ何もなってないのか?」
「えぇ、初代王は天寿を全うされました。彼の望んだ永遠は、この国の存続です。それが果たされない場合、我々一族が修正をし続けるのです。その危機が訪れた時、一族の中で幼き者がその権利を得ます。長きに渡る戦いであるためでしょう……これを知ったのは、私も何度か繰り返した後です。私だけが生き延びたのは、そういうことだったんですよ。神の気まぐれで、その権利は形を得た。私は神様に遊ばれている……そして、多くの人々をかつての王のように巻き込んでしまっているのです……」
国を世界を守る為、王は何もしなかった。したのは周囲の人間だけ。死んだのも周囲の人間だけ。
小鳥は守る為、何かをしている。行動している。だが、その為には国が崩壊していく原因を消さなくてはならない。それが、藤堂先生の死だった。
「なぁ、これまでにも何度か滅んだことはあったのか?」
「いえ、分かりません。あったとしても、その記録は残らないので……」
「そうか……そりゃそうだよなぁ」
(初代王は冷徹非道な奴だったのか? だとすれば、その人柱になった奴らの子孫が大臣を世襲でやっているのはなんでだ?)
違う世界線、考えれば考えるほど常識の壁にぶつかる。さらには、人の心情まで関わっている。謎はそう簡単には解けなさそうだ。
(この世界は楽しいなぁ……刺激だらけだ)
巽がアメリカに行った後が勝負だ。国が亡びる原因は俺が全て廃除する。小鳥を守る為に。