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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
二十一章 鳥かごの鳥は、遠い外の世界を夢見る。
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衰え

―廊下 昼―

 未知への不安に、心が押し潰されてしまいそうだった。知らない所で色んなことが決まっている。何も知らない僕が、国の未来を握ってしまっている。


(無茶だ……無茶過ぎる。あ、待てよ……国民達は知ってるんだよね? なら、こっそり抜け出して聞き出せばいいじゃないか)


 天啓の如く、僕はその考えを閃いた。罰に歯向かう行為であることは重々承知していた。

 だが、国の未来までをも左右してしまうというのに、そこに僕の罰を組み込む必要などないはずだ。母上達は判断を誤っている。


「よっ、と」


 僕は、いつものように廊下の窓から下へと飛び降りた。一瞬、前落下してしまったことを思い出したが、今回は難なく安定した着地をすることが出来た。皐月のおにぎりのお陰だろう。皐月には、色々と感謝をしなくてはならない。

 程よく生えている青々とした草を踏みしめながら、壁へと走る。玄関からの正面突破は、流石に無理だ。ならば、こうする他ないだろう。瞬間移動という方法もあるが、それは母上への誓いに反する行為だ。


「誰もいない……よね」


 五感を研ぎ澄まして、隠れている者はいないかを確認する。音、匂い、気配。生きとし生ける者全てが所有するものだ。それら全てを隠すことは非常に難しい。どんなに優れた人間であってもだ。

 術などを使い一時的に消すことは出来ても、長期的に消すことは出来ない。その一瞬は、残念ながら使いこなせないのだ。しかし、例外として存在感のない人間だけが、その一瞬を利用することが出来る。

 そして、その一瞬を判断出来るほどの匂いを強く感じることは、今の僕には出来なくなっているみたいだった。


(これも……奴が完全に眠っているせいかな。嗚呼、永遠に眠ってくれるのならいいのに)


 化け物の力のお陰で助かったこともあった。しかし、それ以上に苦労の数の方が多い。罪を隠すための嘘、一体いくつ重ねてしまっただろうか。

 次、奴が目覚めたならば、すぐにゴンザレスを僕と入れ替えさせるようにしなくてはならない。


「よし」


 壁に沿って、体を浮き上がらせようとした時であった。


「――っ、な!?」


 体全身が痺れ、感覚が失われていく。勿論、浮き上がることなど出来ず、その場でうずくまり何が起こったのかだけを判断出来る状況にあった。


「愚かだ。実に」


 遠くからゆっくりとこちらに向かって、歩いてくる足音が聞こえる。その方向へと、顔を向ける。顔など向けずとも、それが誰であるかなど声で分かっていた。


「どうして……」


 匂いも気配も音もなかった。いくら父上と言えども、五感を避けるほどの技術はないはずだ。一瞬を利用することが出来たのは、美月だけだったはずだ。


「手に取るように分かる。お前のことは」


 憐れみ、同時に蔑むような目で父上は僕を見下ろす。


「どうせ行くだろうと思っていた。だから、城の中から監視していたのだ。人の少ないこちら側の方で、玄関から遠い所だ。予想通り過ぎたな。情けない奴だ」


(父上は部屋の窓から魔法を!?)


「あまり私を舐めて貰っては困るな。”昔”ほどではなくなったとはいえ、私は王であったのだぞ」


 僕の表情から察したのか、父上はしわをさらに深く刻ませながら言った。


「しかし体には……」


 痺れる体をなんとか起き上がらせ、息を整えながら聞いた。父上は魔法が使えない訳ではない。しかし、魔法を使えば体に毒だ。実際、父上が魔法を使っている姿はひさしぶりに見た。


「これくらいのこと大したことではない。それより……罰を軽くしようとした罪は大きいぞ。今日一日、部屋から出ることを禁ずる。窓や扉の前に見張りをつけさせる。良いな?」


 父上はそう聞くが、僕の意思など関係ない。父上の中で決まったことを僕にも認めさせるためのものだ。拒否すれば、見る見るうちに父上は不機嫌になる。何度も同じようなことがあった。父上の気分を変に害する訳にもいかない。


「分かりました……」


 父上に対する苛立ちも不満もある。しかし、それを上回るほどの尊敬、憧れの念。実績も能力も僕の全て上だ。それに、父上の言っていることに反論してはいけない気がするのだ。僕みたいな人間が。

 美月は父上が不機嫌になっても、抵抗することをやめなかった。見ているこっちが恐ろしかったものだが、僕にはそれだけの度胸もない。


「それにしても……衰えとは虚しいものだな」


 最後に父上はそう呟いた。

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