国を背負い何を運ぶ
―廊下 昼―
琉歌のことを医者に任せ、廊下に出た。すると、そこには待ち構えていたかのように母上がいた。
「彼女の様子はどう?」
不安を隠し切れない表情を浮かべている。
「無事は無事です……ですが、まともに話せるような状況ではないみたいで……あの」
(この状況で海外に行くなんて無理だ。母上には申し訳ないけど、それどころじゃないよね。そもそも国が混乱してる時に呑気に……国民達が知ったら怒るよ。うん、今回は断ろう)
「琉歌の件もありますし、今回は海外に行くのは中止にしたい――」
「それは駄目よ。もう決まったことだから」
言葉を遮って、母上ははっきりと言った。
「そんな……でも、こんな状況で国を離れるなんて許されるとは思わない!」
「言ったはずよ、これは罰だと。その罰を延ばすことなんて出来ない、向こうの国のこともあるしね。確かに国民の反感を買いかねない行為。だけど、その先のことが上手くいけばそれはない。国民達には今回の本来の目的は既に伝えているの。行かない方が、より反感を買うわ。そして、国も壊れてしまう」
「本来の目的……?」
「罪」に対する「罰」のためだったはずだ。それは僕に対する建前で、本来の目的は別にあるという。それを既に国民は知っていて、それが達成するのならという理由でそれを認めた。
ならば、僕がそれを知らないのは大問題ではないだろうか。
「そう。だけど、それは教えてあげることは出来ないわ。それが向こうとの約束だから……巽はいつも通りにしていればいいの。変に自分を隠したりしない方がいいでしょうね。その方がより良い結果を生むわ、全てが貴方にかかっている」
母上は目を伏せ、決して僕と目線を合わせようとはしなかった。口調はいつもよりずっと冷たくて、凍てついた氷のようだった。言葉を紡ぎだそうとする度、口をモゴモゴと何度か動かす。まるで、あえて僕を突き放そうとしているように見えた。
「上手く出来なかったら国民から反感を買うだけでなく、国まで壊れてしまうというのですか? そんな危険を何も知らない僕に全て押しつけるなんて……おかしいですよ。僕みたいな人間が何も繕わずに行くことで得る利益なんて……きっと、あちらを怒らせてしまうだけです」
「巽……でも、それが向こうの方が望むこと。それが約束の中の内の一つに含まれている。この約束、つまりは契約。それに背くことがどういうことか分かるでしょう? あちらは貴方を見ているの。この国の王がどんな人間であるのか、それを踏まえた上で――」
「寧々様~! 大使の方からご連絡が!」
母上に仕える侍女が、部屋から顔を出して手招きをしている。
「そういうことだから……頼んだわよ。罰はそんなに甘いものではないのよ」
去り際に一瞬だけ僕を見て、母上は足早に侍女が待つ部屋へと向かっていった。
(そんなことを言われても……僕に出来るのか?)
王は国を背負う存在。一つの判断が国を狂わせもすれば、幸を運びもする。今の僕に……幸を運ぶことなど出来るのだろうか。
いや、今まで幸を運んだことなどあったのだろうか。いや、僕が運んだのは不幸と混乱。
(やはり……僕には向いていないんだ)
改めて感じた。自身の背負っている物の大きさを、責任を、無力さを。