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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
二十章 穏やかな日々
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亡き母より

―琉歌 巽の部屋 夜―

 巽さんに気付かれないように、皐月ちゃんとこっそり侵入した。部屋には月の光が差し込むだけで、後は何もない。


「よし、皐月ちゃんお願い」

「うん、皐月が唱え終わったら歌を歌ってね。上手くいけば……もっと話せる時間が増えると思うから」


 静かな空気が揺らがぬよう、私達は最終確認をした。そして皐月ちゃんは空気を吸い込み、呪文を唱える。


「地を見守る者よ……天から見下ろす者よ……我らの願いを聞き入れ給え。彷徨える魂に救済を、苦しむ魂に安らぎを。報われるべき者に加護を」


(お母様に時間を……)


「遠く輝く太陽にあたしは手を伸ばす……遠く輝く海に私は手をかざす。同じ輝きを求めた二人、波の煌めきに誘われる♪」

―自室 夜―

「巽……巽」


 どこか聞いたことがあるような、どこか安心感を与えてくれる女性の声で目を覚ました。


「うぅ……誰だ?」


 ぼんやりとした意識の中、気配を感じる方に目を向ける。そこには、こちらを見下ろす女性の姿があった。電気は消しているはずなのに、何故かその女性の周りだけが輝いている。


「宝生 紫月しづき。貴方のお母さんよ、分かる?」

「へ? あ? は?」


 寝起きの頭では、その言葉を処理しきることが出来ない。


(母上が? そんなはずはない……あり得ない。夢を見ているんだ、これは夢だ)


 母上は死んだのだ。僕を産んだ後、体調を崩し、そのまま帰らぬ人となった。そんな母上が僕の目の前に現れる訳がない。僕の顔なんて見たくもないくらい、恨んでいるだろう。

 僕が男でなければ、体に無理をさせることもなかった。僕さえ生まれなければ、こんなことにはならなかった。つまり、これは僕の中の夢だ。母上がこんなに穏やかな声で話しかけてくれる訳がない。


「お願い。時間がないの、少ししかないの。お母さんの話を聞いて……これは現実よ、夢でも幻でもない。お母さんは今ここにいる。今、貴方にはっきり見えるようにここにいる。ずっといたのよ。ずっと……貴方達を見守っていた」

「嘘だ……あり得ない!」


 起き上がって、光を放つその人物の顔を見る。すると、確かにその顔は見たことがあった。絵でしか見たことがなかった母上そのもの。


「嘘だろう?」


 目の前の出来事をどう受けとめればいいのか、どう受け入れればいいのか、喜ぶべきか、泣くべきなのか、脳や体が追いつかない。


「嘘じゃない、お母さんはここにいる」


 そう言って、母上は僕を抱き締めた。温かさを感じた。人の温もり、今まで感じたことがなかった母親から得られる安心感。本能的に、この人は自分の本当の母親なのだと感じることが出来た。


「どうして……こんなことが」


 零れ落ちそうなものを抑え込みながら、そう質問する。


「妹達と貴方の婚約者にありがとうって言わないとね。じゃないと、お母さんの本当の気持ちを伝えることが出来ないままになってたわ」


 母上は抱き締めるのをやめ、僕の顔を見つめる。


「本当の気持ち?」

「巽……お母さんは自分の意思で貴方を産んだのよ」


 そう語りかけるような口調で母上は言った。瞳は真っ直ぐ僕を見つめている。


「貴方を恨んだことも憎んだこともない、当たり前。ずっとずっと貴方を愛している。心の奥底からね。命に代えても、貴方を産みたかった。男だったから、とかそんなことじゃない。他でもない、お母さんの意思」


 その言葉に衝撃を受けた。今まで真実だと思っていたこととは、少し違う点がある。


「でも、貴族の人達に言われたんだ。母上は父上の両親に、絶対に何があろうとも男である僕を出産しろと強要されていたって。それで仕方なく……だから、死んだんだって。僕が男だったから」


 僕がそう言うと、母上は悲しそうな笑みを浮かべて、僕の肩を掴んだ。


「確かに言われていたわ……だけど、それは私にはどうでもよくて……ただ巽に未来を生きて欲しかった。でも、貴方に沢山の物を抱えさせてしまった。幼い貴方に寄り添うことも出来なかった。怒ることも……だから……」


 突然、母上の姿が透明になり、光がさらに強くなった。


「母上!?」

「時間が……元々無理矢理延ばして貰った時間だったものね」

「僕はまだ……」

「もうここにいられない……でも、お母さんはずっと貴方を見守るから。辛い時は辛いって言うの、怖い時は怖いって言うの。涙を流したい時は涙を流すの。嫌な時は……逃げてもいいの、逃げるが勝ちって言うでしょ? どうか家族皆幸せになれますように……愛してる。お誕生日おめでとう、生まれて来てくれてありがとう」


 僕が伸ばした手は、母上に触れることが出来ぬまま空気を振った。白い光の粒子だけが残り、そして消えていく。母上がそこにたという証拠は、もう何もない。


「母上……」


(これが誕生日の……ありがとう)


 我慢していた涙が溢れ出す。僅かに差し込む月明りが僕の涙を照らした。

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