私は歌う
―自室 夜―
皐月を部屋に運んだ後、僕は使用人の一人に食事が必要ないことを言いつけて、ベットに寝転がった。
「今何時だ?」
時計を確認すると、針は九時を指していた。
「こんなに早く寝るのはいつぶりかな……」
今日は勉強をする気にも、鍛錬をする気にもなれない。夢の世界にでも逃げ込んで、起こしてしまった現実から逃げてしまいたかったからだ。そんな思いもあってか、ベットに寝転んだ瞬間、いつになく眠気が僕を襲った。
「疲れたな……」
色々あり過ぎた。一日の疲労が次から次へと荒波のように押し寄せる。消えかけていく意識の中で、足元にあった掛布団を僕は引っ張り、そして被った。
***
―琉歌 皐月の部屋 夜―
「起きて~皐月ちゃんってば~起きて~」
約束の時間に約束の場所に来ない皐月ちゃん、まさかと思って来てみればこの様だった。
「うぅ~ん……お腹いっぱい……ムニャムニャ」
夢を見ているのだろうか、口をモグモグと動かして何かを食べている仕草をしている。そんな夢の世界から現実に引き戻すのは酷だが、この日のために色々用意してきたのなら、ここで起こさない方がもっと酷だ。
「皐月ちゃ~ん……もう少しで巽さんの誕生日が終わっちゃうよ? お誕生日をお祝いしなくていいの?」
耳元でそう呟いてみた。すると、皐月ちゃんは夢の世界に浸っていたのが嘘のように、体を勢い良く垂直に起き上がらせた。
「ハッ! え、もうそんな時間!?」
皐月ちゃんは、そのままの体勢で時計を見つめる。時計の針は九時を指している。この時計の読み方にも慣れてきた。
「数時間は残ってるけど……どうするの?」
「えぇっとね、兄様はどうしてるの?」
「さっきチラッと覗いてみたんだけどね……布団を被って眠ってたわ。珍しいって。やるなら今じゃないかな?」
使用人の人が言っていた。巽さんはいつも夜中に眠っていると。遅寝早起き、そんな巽さんが早く眠っているなんて、と皆驚いていた。
「そうだね! ふわぁぁぁ……呪文良し、準備良し! 勿論、琉歌さんも準備出来てるよね?」
「うん。巽さんのためなら……出来る気がする」
何度か歌って練習をしてみた。前回、操られて剣を振るっていた巽さんを何とかとめることも出来たのもこの歌だ。今回も上手く出来るかどうかは分からないが、私はこの歌を、私を信じる。
(折角の誕生日なんだよ? 一年に一回なんだよ? 苦しい日になんてしないで……)
昔の手紙の内容。誕生日を祝い続けた私に送って来た僅か一文の手紙。今でもそれを忘れることは出来ない。
『母上を殺して生まれた僕に、祝われる資格なんてないよ』
巽さんが罪だと思っていること、それを解決する為に私は歌う。