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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
二十章 穏やかな日々
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海の向こうの世界

―廊下 昼―

「はぁ……」


 父上の部屋の前にまで来たものの、怯んで扉を叩くことが出来ない。


(いるよね……)


 父上は基本的に部屋にいることが増えた。体調を崩し、王を退位してから。


(よし)


 僕は大きく息を吸って、震える手を扉へと持っていく。そして、ゆっくりと三回叩いた。


「あら?」


 最初に部屋の中から聞こえてきた声は、父上のものではなかった。扉が開かれると、そこから母上の顔が覗いた。父上は奥の椅子に足を組んで座っていた。


「母上? どうして?」

「ちょっと話をしていたの。ちょうど良かったわ、巽も中に入りなさい」

「は、はい」


 部屋に通されると、父上から放たれる重々しい空気に押し潰されてしまいそうだった。先ほどから、瞬き一つしていないようにも感じられる。ただ、ジッと僕を見ている。


(怒ってる……絶対怒ってる。謝らないと……)


 頭を下げようとした時だった。突然、母上が僕に抱き着いた。


「ふぇっ!?」

「……本当に無事で良かった。もし、巽が死んでいたら……本当に良かった」


 母上は強く僕を抱き締めたまま、喜びを露にそう言った。


「母上……」


 母上を心配させてしまったこと、本当に申し訳なく思った。僕の浅はかな考えが多くの人々を巻き込んだだけでなく、苦しませ、悲しませた。

 僕一人の過ちが数え切れない人を、名前も知らない誰かを殺した。取り返しのつかないことだ。


「私達は、お前を狭い世界で生活させ過ぎたのかもしれぬな。だから、こんな浅はかな行為が当然のように出来るのだ」

「貴方……」


 父上はようやく言葉を発した。母上は僕を離し、父上の言葉を制するように言ったが、父上はそれを気にもとめる様子もない。そして、続ける。


「まぁ、そのことは我々にも責任があろう。準備もほぼなかったようなものだった。しかし、数年経って尚、軽率な行為をしたことには十分に責任を取ってもらわねばならない。薩摩も大打撃であったようだが、我々も多くの被害を被った。これからの国の運営にも深く関わってくることだろう」


 国の運営に最も関わってくるのが吉原だ。しかし、その吉原が半焼してしまった。あれは、どうやら戦火によるものではないようなのだが、五十嵐さんの発言だけで否定出来るようなものでもないだろう。

 そもそも戦争さえ起こさなければ、吉原炎上はなかったかもしれない。戦火を利用した放火。どちらにしても、僕の責任は重い。


「本当に申し訳なく思っています。処分を望まれるのであれば……どんな処分でも」


 僕は父上の顔が見ていられなくなって、下を向いた。


「だ、そうだが。寧々」

「……巽、随分前に言ったこと覚えているかしら? アメリカからミュージカルの人達が来るって。その時、貴方は観ることは出来なかったけれど……元々そのつもりだったのよ、これは。だから、それはついでで折角だから世界を見て来なさい。色々な国があるわ。この日本という大陸では、見られない物が沢山ある。視野を広げるためにもいい経験になるわ。もう色々準備を済ませているの。それが貴方への処分」

「え……?」


 母上の顔を見た。とても温かくて、優しい笑みを浮かべている。


「経験は力になるわ。勉強にもなるし、糧にもなる。明後日が出発の日だからね。貴方も準備しておくのよ」

「僕一人で?」

「まさか。小鳥ちゃんは色々あっていけないけど……そうねぇ、琉歌さんも一緒にどうかしら? それに向こうにも案内してくれる私の友人がいるわ。心配しなくても大丈夫」


 僕は知らない。海の向こうの世界を。まさか、これを機会として行くことになるとは思いもしなかった。

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