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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
二十章 穏やかな日々
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画家からの贈り物

―客室前 昼―

 逃げるように、智さんがいる客室へと到着した。数ある客室の中でここにいるという結論に何故至ったかと言うと、扉が虹色に塗り替えられていたからだ。


(永住するつもりなのかな? 勝手にこんなことされても困るんだけどなぁ……)


「はぁ……」


 僕は扉を叩く。すると、すぐに返事があった。


「は~い!」

「僕です、巽です」

「あー! 待ってました待ってました!」

  

 扉が迷いなく開かれて、僕は向かいの部屋の前まで弾き飛ばされた。


「ぎゃぁ!」

「こんにちは~……ってあれ? どうしてそんな所で座っているんですか?」


 智さんは不思議そうに首を傾げた。


「べ、別に……それより、絵が出来たって本当ですか?」


 僕は背中を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。頭を強くぶつけたせいか、眩まいが襲った。それを悟られないように、僕は笑顔を作る。


「はい! 間に合って良かったです! 修正とかしなくてはいけなくて……ですが、もう完璧です! さぁ、どうぞこちらへ!」


 智さんは弾けた笑顔を浮かべ、部屋の中に来るように手招きをする。


「は、はぁ……」


 不安な気持ちを抱えながら、部屋の中へと入っていく。案の定、部屋は絵の具まみれであちこちが汚れていた。


「なんてことだ……」

「アトリエって奴ですよ! 先生から教えて頂きました。そして、芸術は爆発らしいので爆発させました」

「こんな爆発は間違ってる……」


 床、壁は勿論だが、天井にまで絵の具が飛び散っている。周囲の家具、窓……大爆発もいい所だ。


「何か言いました?」

「いえ、別に……」


 文句を言っても彼には理解して貰えないだろう。別に悪い人ではないのだが、シャーロットさんの言ったことを真っ直ぐそのまま受けとめてしまう人だ。故に、部屋を絵の具で埋め尽くしたのだ。


「そうですか! ではまずは、こちらをご覧下さい!」


 智さんが指差したそれには、白い布が被せられていた。隣にももう一つ同じような物がある。


「確か二つあるんでしたね」

「はい、まずは肖像画の方から」


 智さんは白い布を一気に取る。白い布の下からは、僕の顔が現れた。真っ黒な背景に、まるで写真のように完璧に表されたそれを見て、僕は恐怖を感じた。

 自分で言うのもアレだが、今にも瞬きを始めそうだ。鏡を見ている気分、自分のあらゆる特徴を掴んでいる。恐ろしいくらいに。


「す……凄いですね」


 監禁状態で描かれたこの絵は、僕の全てを表しているように思えた。あらゆる物に縛られ、行き場もなく、ただ用意された物を必死にこなそうとしても上手くいかない。絵の中の僕の目には、そんな絶望が描かれている。明るい様子ではないのは明らかだ。


「あの時の巽様そのものですよ! 流石ですよね!」


 光の反射や、影の描き方、色の繊細さなど全てが完璧だ。


「色を塗った智さんも流石だと思いますよ」

「いやいやいや、ある物に色を塗っただけですから。私は」


(それでも十分凄いと思うけどね……)


 自分のことを思い出した。芸術の先生に「絶望的だ」と頭を抱えられてしまったことを。塗り絵すらまともに出来ず、否定された。

 それから僕は芸術を学ぶのをやめた。それを思うと、本当に智さんはとんでもない人だ。元々の才能、持って生まれた物の差だ。


「羨ましいです。僕は絵は本当に駄目なので……」

「『やりたいことをやり続ければ、嫌でも出来るようになる日が来る』って先生がよく仰っていました。だから、それもあるかもしれません。でも、本当に私は塗っただけですから」

「彼女らしいですね」


 思わず笑ってしまった。彼女は今、あの資料室にいる。どうなってしまったのか、誰も分からない。


「振り回されて困るんです。今まで何度も……でも、とても楽しかったです。幸せでした。またいつか会える日には、成長した姿を見せたいです!」


(いい関係だったんだろうな……)


「絶対に喜んでくれますよ。頑張って下さい」

「はい! 勿論です。よ~し、じゃあ次の作品です」


 智さんは隣の白い布を、今度はゆっくり取る。少しずつ露になっていくものを見て、僕は驚愕した。


「これは……!」


 その絵は、母の日に僕が母上に赤い花を渡している時の絵だった。僕が渡した赤い花を笑顔で嬉しそうに受け取る母上。しかし、あの時と同じように僕が後ろに隠した手には白い花があった。僕の表情は、どこか影があるように描かれている。

 この絵を見ると、あの時の光景を鮮明に思い出すことが出来た。僕の記憶の中と完全に一致している。これもまた写真のようであった。


「これが私と先生からの巽様への誕生日の贈り物ということで……家宝にして下さいね!」


 智さんの笑顔からは一つの悪気も感じなかった。純粋にただ用意してくれていただけなのだろう。


「ありがとう……ございます」


 笑顔は自然に表れるものだと思い出しても、僕は作ってしまう。それで、自分のあらゆる感情を誤魔化すために。

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