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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
二十章 穏やかな日々
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ジョーカー

―廊下 昼―

「陸奥大臣ー! どこーー!?」


 僕は陸奥大臣の名前を叫びながら、廊下を走っていた。こうすれば、一々聞いて回らなくとも見つかりやすくなる。父上は怖いので、後からにすることにした。

 正直言って、こうするのはかなり恥ずかしい。しかし、それが嬉しさで掻き消されている。今なら何でも出来てしまいそうだ。


(う~ん……いるならこの辺り……あ)


 会合室が並ぶ廊下に、陸奥大臣はいた。神妙な面持ちで紙の束を読んでいた。資料だろうか。僕が叫んでいても、気付かないくらい集中しているみたいだ。彼にしては珍しい話だ。


「陸奥大臣!」


 僕が名前を呼ぶと、陸奥大臣はハッとした表情でこちらに振り返った。


「巽様? どうかされました?」

「僕の目を見て欲しいんだ……」

「目?」


 陸奥大臣は首を傾げ、僕の目を見つめる。


「どう?」

「どうって……何かしたんですか? いつも通りですけど」

「黄色くなってない?」

「黄色? 巽様は美しい黒ですよ。黄色なんて……そもそもそんな瞳の色を持つ人はいないでしょう」


 陸奥大臣は、困ったような笑みを浮かべた。


(僕の目のこと……忘れてるのか? まさか、そんなこと……)


「そうか……」

「先ほどから様子が変ですよ。やたら逃げ回ったり……目の色が黄色くなってないかとか……本当に大丈夫ですか?」

「逃げ回ったのはいいじゃないか……それより、今から会合でもあるの?」


 僕は、陸奥大臣が持っていた資料に目を落とした。それなりに分厚い物であることが理解出来る。


「はい。大臣の中で意見交換等を……色々ありましたからね。それに産業大臣の新たな候補者の選出もしなくてはなりません。かなり時間が……ハハ」

「そうかい……大変だね」


 戦争での被害状況、他国との調整、空いた産業大臣の椅子……問題は山積みだ。彼らの中で話し合いが終わったら、全体を通す会合が開かれる。それは、僕も参加しなくてはならない。


「少しでもこの国の利益になるように……しなくてはなりませんから」

「ばぁ」


 突然、僕と陸奥大臣との間に割り込むように一人の青年が顔を出した。


「うわっ!?」

「はぁ……栗原殿、何をしているんだ」


 陸奥大臣は呆れた様子だ。この青年の名前は、栗原 まこと。他の大臣と同じくして先祖代々魔法大臣の職に就いている。まだ若いが、魔法も大臣としての手腕も一流だ。爽やかな容姿から人気も高い。

 ただ、残念ながらかなりの変人だ。掴み所がないというか、掴みたくないというか。そして、そもそも僕は栗原大臣とはあまり話したことがない。会合で顔を見る程度だ。


「特に意味はないのですねぇ。それより、巽様がずーっと君を探していたのを知っているのですかねぇ?」

「え? そうだったのですか?」

「あ……うん」

「君の名前を大きな声で叫んでいたのですねぇ……拙者の記憶が確かなら、それはまるで幼い頃の巽様の様子を完全に再現してましたねぇ」


 栗原大臣は、ニヤリと笑った。見た目は爽やかだが、中身はちっとも爽やかではない。ねっとりとした話し方があまり好きになれない。同い年だが、あまり関わりたくない人だ。だからこそ、あまり話していないのだ。


「巽様も大変な人ですねぇ……急に怖くなったり、昔の雰囲気に戻ったり、苦しそうにしていたり……あ、そういえば、画家の男性に巽様を呼んでくれと頼まれていたのでしたねぇ。頼む人を間違ってますよねぇ、どうして拙者なんですかねぇ? 早く行ってあげてくださいねぇ、客室にいらっしゃいますしねぇ」

「そ、そうかい……じゃあ、行ってみることにするよ。会合頑張ってね」

「ありがとうございます、巽様!」


 陸奥大臣は綺麗な敬礼をした。栗原大臣はそれを見て、嬉しそうに笑った。そして、僕に手を振った。


(昔の雰囲気か……)


 僕は智さんの待つ客室へと向かった。

***

―? 第一会合室 昼―

 行き詰まり、嫌な空気が漂う会合室。そんな空気を突如、声が切り裂いた。


「この戦争の処理……私に任せて頂けませんか?」


 その身の程知らずの発言に、他の大臣達は互いに顔を見合せた。


「ほとんどの情報は我々の手にあるのです。少しくらいこちらにいいように変えて、辻褄を合わせることくらい大したことではないでしょう」

「君……今までの雰囲気って演技をしてたのでしょうかねぇ?」


 栗原大臣は両手を机の上に置いて、身を乗り出すように言った。


「いいえ。ただ、私だってやれば出来るということを証明しなくてはならないと思いましてね。今まで散々つけてきた泥を少しでも洗い流したいのです」

「貴方に出来るのそんなこと……正直、信用ならない」


 薬師寺大臣は、彼女に睨みを利かす。しかし、それにも怯むことなく彼女は続けた。


「なんとでも言って下さい。結果で貴方達を黙らせますから」

「大層な自信だな……興津殿」


 陸奥大臣は、力強い眼差しで興津大臣を見つめる。


「我々は勝者です。勝者こそが導くのでしょう? そのための会合ではないですか。我々がどれだけ利益を得るか、どれだけ優先されるか。薩摩国からは大量の賠償金を、安芸国とのこともそれで得たお金で解決すればいい。まぁ、安芸国の王は勝手に死んだだけですけどね」

「そんないいように事が動く訳ねぇっしょ?」


 つまらなそうな女が、机に寝そべりながら言った。


「出来ますよ。絶対に」

「そう思うのならやればいい」


 陸奥大臣が力強い声で言った。


「はっ!? 何言ってんすか!? この無能に何やらせても何も上手くいかねぇっすよ!?」


 その言葉に衝撃を受けたのか、女が勢いよく顔を上げた。


「自信があるのならやればいい。だが、自分のやる全てのことに責任を持て。何かこちらの不利になるようなことがあった時点で、興津大臣、お前は首だ。それくらいの覚悟を持って……出来るのか?」

「はー! ありえないっすわ」

「しかし……これまで何も案が出なかった。彼女の案を最優先として考えていきましょう。外交面としてもこちらもサポートしたいと思うわ。彼女一人は不安よ」

「サポートって何ですかねぇ?」


 彼女の邪魔をする興津 若菜という存在。彼女が、その存在に気付ける日は来るのだろうか。私は下界を覗き見るのをやめて、目を閉じた。

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