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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
二十章 穏やかな日々
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おにぎり

―自室 昼―

 帰って来たら、すっかり昼になっていた。


(朝ご飯食べてないんだよね……食欲なんてないけど美月のこともあるし……食べなきゃ)


 浅はかな考えでかけてしまった呪術は、呪術の中でも大変危険なものであったのだ。眠らせてしまった人物の分まで、僕が栄養を摂取しなくてはならない。これまでホヨに狩って貰っていたのだが、それも冷静に振り返れば異常だ。


(ホヨ……)


 僕に、友達だと言ってくれたホヨはもういない。微かな意識の中で、ホヨの声が聞こえていた。あの時は、全てがどうだって良かった。僕さえ消えることが出来れば。

 戦艦が音を立てて沈み、僕も海へと落ちた。消えゆき、闇へと誘われていた時、一筋の光が差し込んだ。ホヨの叫び声、今も耳に焼きついて離れない。全てを絞り出すようなあの声は、忘れることは出来ない。


(僕はこれからどう生きていけば……)


 貯蓄していた肉はある。だが、それもいずれは尽きる。二人分も食べなくてはならないのだ。今まで狩猟をホヨに頼み、不審がられないようにしてきた。睦月の件も亜樹の件も、ホヨがいなくては成り立たなかった。これからが不安だ。何も出来ない。制限があるこの身では。


(やっぱり、僕なんかに王を務める資格はなかった。僕が王にならなければこの戦争も、吉原の炎上も何も起こらなかった。化け物の騒動終わってたかもしれない。僕みたいな人間がいるから駄目なんだ)


「兄様ー!」


 目の前にあった扉が突如開いたと思えば、弾丸のように皐月がぶつかってきた。何とか、皐月を掴んだのだが――。


「ううっ!?」


 皐月の頭がみぞおちに直撃し、胃から何かが込み上げてくるのを感じた。


「どうして扉の前にいたのー? もっと驚かせるつもりだったのに!」


 皐月は、頬を風船のように膨らませた。


「心臓がとまっちゃうよ……」


 皐月は、背後から頭突きを食らわせるつもりだったのだろう。この勢いを不意打ちで食らわされたら、堪ったもんじゃない。


「なんで怒ってるの?」

「悪戯出来なかったから!」

「悪戯しなくていいよ……」


 この程度の悪戯なら可愛いものだが、いつか過激になってくるかもしれない。その前に、その種は切除しなくては。


「む~」

「む~じゃなくてさ……どうしたの? 急に」

「ハッ!」


 何かを思い出したように、皐月は目を見開いた。


「今度は何?」

「フッフッフッ……」


 薄気味悪い笑顔、何かを企んでいるのは明白だ。皐月は魔法を使い、フッとその場でおにぎりを取り出した。


「え……」

「皐月が愛情込めて作ったんだよ! 料理長が言ってたの、食べれば大体の人は元気になるって!」


 差し出されたおにぎりからは、湯気が出ている。出来立てホヤホヤと言った所か。


「僕が食べるの?」

「そうだよ! 兄様のためだけに作ったんだから!」

「えぇ……」


 食べたら吐き出してしまうかもしれない。皐月を傷つけてしまうかもしれない。でも、食べなくても皐月を傷つけてしまう。


「食べて! 兄様!」


 宝石のように輝いた目で、皐月は僕を見つめる。


(やめてくれ……その目は苦手なんだ。うっ、手が勝手に……)


 僕の手は、磁石のようにおにぎりへと伸びていく。僕の手はおにぎりを掴んで、そのまま口へと持っていく。


「食べて食べて!」

「ううぅ……」


 口も勝手に開いて、おにぎりを迎える準備が整った。整っていないのは、僕の心だけだ。目の前にまでやってきたおにぎりを拒絶することは出来なかった。そして、それはゆっくりと僕の口の中へ放り込まれた。

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