おにぎり
―自室 昼―
帰って来たら、すっかり昼になっていた。
(朝ご飯食べてないんだよね……食欲なんてないけど美月のこともあるし……食べなきゃ)
浅はかな考えでかけてしまった呪術は、呪術の中でも大変危険なものであったのだ。眠らせてしまった人物の分まで、僕が栄養を摂取しなくてはならない。これまでホヨに狩って貰っていたのだが、それも冷静に振り返れば異常だ。
(ホヨ……)
僕に、友達だと言ってくれたホヨはもういない。微かな意識の中で、ホヨの声が聞こえていた。あの時は、全てがどうだって良かった。僕さえ消えることが出来れば。
戦艦が音を立てて沈み、僕も海へと落ちた。消えゆき、闇へと誘われていた時、一筋の光が差し込んだ。ホヨの叫び声、今も耳に焼きついて離れない。全てを絞り出すようなあの声は、忘れることは出来ない。
(僕はこれからどう生きていけば……)
貯蓄していた肉はある。だが、それもいずれは尽きる。二人分も食べなくてはならないのだ。今まで狩猟をホヨに頼み、不審がられないようにしてきた。睦月の件も亜樹の件も、ホヨがいなくては成り立たなかった。これからが不安だ。何も出来ない。制限があるこの身では。
(やっぱり、僕なんかに王を務める資格はなかった。僕が王にならなければこの戦争も、吉原の炎上も何も起こらなかった。化け物の騒動終わってたかもしれない。僕みたいな人間がいるから駄目なんだ)
「兄様ー!」
目の前にあった扉が突如開いたと思えば、弾丸のように皐月がぶつかってきた。何とか、皐月を掴んだのだが――。
「ううっ!?」
皐月の頭がみぞおちに直撃し、胃から何かが込み上げてくるのを感じた。
「どうして扉の前にいたのー? もっと驚かせるつもりだったのに!」
皐月は、頬を風船のように膨らませた。
「心臓がとまっちゃうよ……」
皐月は、背後から頭突きを食らわせるつもりだったのだろう。この勢いを不意打ちで食らわされたら、堪ったもんじゃない。
「なんで怒ってるの?」
「悪戯出来なかったから!」
「悪戯しなくていいよ……」
この程度の悪戯なら可愛いものだが、いつか過激になってくるかもしれない。その前に、その種は切除しなくては。
「む~」
「む~じゃなくてさ……どうしたの? 急に」
「ハッ!」
何かを思い出したように、皐月は目を見開いた。
「今度は何?」
「フッフッフッ……」
薄気味悪い笑顔、何かを企んでいるのは明白だ。皐月は魔法を使い、フッとその場でおにぎりを取り出した。
「え……」
「皐月が愛情込めて作ったんだよ! 料理長が言ってたの、食べれば大体の人は元気になるって!」
差し出されたおにぎりからは、湯気が出ている。出来立てホヤホヤと言った所か。
「僕が食べるの?」
「そうだよ! 兄様のためだけに作ったんだから!」
「えぇ……」
食べたら吐き出してしまうかもしれない。皐月を傷つけてしまうかもしれない。でも、食べなくても皐月を傷つけてしまう。
「食べて! 兄様!」
宝石のように輝いた目で、皐月は僕を見つめる。
(やめてくれ……その目は苦手なんだ。うっ、手が勝手に……)
僕の手は、磁石のようにおにぎりへと伸びていく。僕の手はおにぎりを掴んで、そのまま口へと持っていく。
「食べて食べて!」
「ううぅ……」
口も勝手に開いて、おにぎりを迎える準備が整った。整っていないのは、僕の心だけだ。目の前にまでやってきたおにぎりを拒絶することは出来なかった。そして、それはゆっくりと僕の口の中へ放り込まれた。