残酷な現実
―吉原 朝―
鼻につく焦げ臭さ。そこにあったはずの厳かな木造建築の建物の多くが、黒い何かへと姿を変えていた。そして、それらを囲っていた石造りの囲いだけが、綺麗に残っていた。
「酷いな……」
連れて来た数人の諜報管理局の者も、その惨劇に表情を強張らせていた。
「奥に遊女達の遺体が……」
「おいたわしや……おいたわしや……」
「遊女達だけ逃げれなかったんでしょう? 酷い話よ」
野次馬達の話し声が聞こえる。
(遊女達だけ? まさか逃げられないように鍵でもかけていたとでも言うのか?)
僕は、何があったのかその現実を知る為に遊郭の中に足を踏み入れる。夜に感じたあの美しさは、当然だが微塵も感じない。そんな遊郭の中で、何人かの者達が必死に瓦礫を探っている。
「何をしているんです?」
身が汚れるのも気にしていない様子の彼らの内の一人に話しかける。面倒臭そうに振り向いた男性は、僕を見て慌てて立ち上がった。
「お、王様!? な、なんで!」
「ここの管理者の小吉さんに呼ばれてね……」
「なるほどぉ……驚かせないで下さいよ。さて、私は探し物があるんで失礼しますよ」
そう言うと、男性は薄ら笑いを浮かべながら再び座り込んで瓦礫の中を漁り始めた。男性が瓦礫を雑に遠くに放り投げる。すると、その瓦礫の中から真っ黒になった小さな足が現れた。
「あ……」
思わず、声を出してしまった。亡くなったのは遊女だけという情報を信じるのであれば、これは間違いなく逃げることすら出来なかった遊女の――。
「ちっ」
男性は舌打ちをした。そして、その真っ黒になった足を無造作に引っ張り上げ、地面に荒々しく置いた。それによって全体が明らかになった。まだ幼い子供だろうか。しかし、黒焦げで全てを理解することは難しい。
「おはようございます。王様」
振り向くと、そこには小吉さんがいた。遺体を無造作に扱った男性は、その声を聞いて先ほどよりも速く立ち上がった。
「五十嵐さん! お疲れ様です!」
男性は手についた汚れを着物で落とすように、何度か擦りつけた。
「あ~お疲れ」
「参りましたよ、本当に」
「ここら辺では争った痕跡はなかったんだけどねぇ……どっかから飛んで来たのかな」
小吉さんは、フッと口角を上げて笑う。
「ったく……迷惑な話……あ、別に王様に言ってる訳ではなくてですね。こんな所にまで、火を飛ばして来た輩に言ってるんですよ」
男性は自身の言い方に語弊があると思ったのか、そう訂正した。
「いや……戦争になるまで何も出来なかった僕の責任です。僕の謝罪でどうにかなる問題でもないことは理解していますが……亡くなった人達の弔いは――」
「弔い? いりませんよ。こんな女達に、王様がわざわざそんなことをする必要はないでしょう。ね? 五十嵐さん」
男性の発言に僕は言葉を失った。訂正など一切ない、本心からの発言。
「……その話は後、ね。我は、王様に話があるんだ。じゃ」
小吉さんは笑顔を崩さぬまま、そう言った。
「左様ですか。お気をつけて」
男性はまた座り込んで、瓦礫を漁り始める。彼が探しているのは一体――。
「王様、ここで話すのは何ですから。我の屋敷へと案内します。あまり、人前で話せるような内容ではないですから」
小吉さんは、わざとらしく僕に敬語を使った。本来の立場上、と言った所か。
「でも……」
(いいのかな。僕は僕のしたことを受けとめるために、しっかりと様子を目に焼けつけた方がいいかもしれない……)
「大丈夫ですよ。後ろの人達優秀そうじゃないですか。とりあえずは彼らに任せて、ね。ちゃんと話が伝わってるかどうか分かりませんが……吉原をどうするかは、我が握っていますよ」
これは脅しだ。王としても僕としても、この脅しに屈するほかないだろう。
「分かりました……」
僕は諜報管理局の者達に調査などを頼み、吉原を後にした。