体に起こる異変
―自室 朝―
何が何やら、さっぱり分からないというのが現状だ。僕がこうしている間に何か起こったのか、それとも戦いの最中に起こったのか。
(聞いてみるか……)
僕は大きく息を吸って叫ぶ。
「一体どういうことなんだー! 小町ー! 君はさっきの女性を知っているのー?」
小町は、少し驚いた表情で僕の方を見た。そして、人差し指を口の前に立てて、静かにしてと伝えてきた。
(大きな声で言えないことなのか……)
察して、僕は顔を引っ込めた。
(それにしても――)
先ほどの女性の言ったことが頭に残っている。傷を抉られていく気分だ。罪、罰、罪悪感。今の僕を構成している単語達。
さらに、彼女は言っていた。彼を殺したのは自分であって、あの子――小鳥ではないと。そういえば、小鳥をあれ以来見ていない。藤堂さんを追い出す為にやんわりと理由をつけて、小鳥に伝えるよう頼んだのだ。
どうしてそんなことをしたのか分からない。彼がいなくては困ることは多くあるはずなのに。
「その時に何かあったのか? 小鳥はそれに巻き込まれて……いや、待て。もしそれなら彼って言うのは……」
最悪の瞬間が脳裏に浮かぶ。あくまで想像だが……小鳥に誤解を与えられるようなことがそこで起こった。
その誤解はあの女性の話を聞く限りでは、小鳥が藤堂さんを殺したというものだ。何故、その誤解が起こったか。殺害に使った凶器など決定的な証拠がそこにあったからかもしれない。
「とりあえず、小町に話を聞いてみるか」
僕は窓から飛び降りた。が、上手く浮遊することが出来ず地面に向かって真っ逆さまに体が落下していく。さらに不幸なことに、もうそこには誰もいなかった。騒ぎの根源が消えた為当然だろう。
「うわああああああ! どうして!?」
今まで当たり前のように出来ていたことが、何故出来ないのか。加えて、恐ろしく速く迫り来る恐怖に僕は冷静さを失った。結果、それに抗う術も失った。
「もう……駄目だ!」
咄嗟に目を閉じた。閉じたってどうにもなるはずがないのだが。人間の危機的状況から生まれる本能的なことだ。
「っ……!」
僕は頭から地面に激しく直撃――するはずだったのだが、四階の高さから飛び降りた衝撃も痛みも感じなかった。代わりに人の温もりを感じた。
「何をされているのですか!」
恐る恐る目を開けると、そこには厳しい表情でこちらを見つめる陸奥大臣がいた。この状況を見るに、また僕はお姫様抱っこをされてしまったようだ。
「ごめん……別に死のうとか思った訳じゃないんだ」
「危なかったです。私がもう少し早く帰ろうとしていたら、巽様が落下していく声にも気付かなかったでしょう」
「飛べなかったんだ。どうしてなんだろう……」
初歩的な魔法を使えなくなるなど、あまりあることではない。魔力を消耗した小町でも使うことが出来る。
何故なら、このような魔法は外から摂取した栄養によって生まれた魔力を使うからだ。つまりは、摂取し続ける限り無限大なのだ。
「な!? この魔法が使えなくなるなど……もしかして、ずっと食事をされていなかったのですか!?」
「え? それは……」
食事はしていた。だが、その食事は既に人としての在り方を遥か遠くに忘れたものだ。周りのような食事は、もう体が受けつけなかった。
「一週間程度なら食べなくても魔法は使えます。ですが、このようなことになるなど……数カ月近く食事をしていないということになりますよ! そのような体で戦争に出向いたというのですか!?」
「えっと……とりあえず、その話は僕を降ろしてからにしてくれないかな……恥ずかしいんだけど」
「え!? あ! 申し訳ございません! 出過ぎた真似を!」
そう言うと、陸奥大臣は慌てて僕を降ろした。
「こういうのはあれだね……うん」
少し気まずくなったこの空気、助けて貰ったのに申し訳ない気持ちになった。
「ゴホン。それで食事の件は?」
そんな空気を追い払うかのように陸奥大臣は咳払いをして、そう質問した。
(言えない。言える訳ない)
「う……分からないよ! 僕はちゃんと食事はしてたよ。小鳥がその証拠を持ってる……」
「では何故、飛べなかったのです!? あの程度の魔法は我々にとって呼吸するのと同じようなものなのですよ!?」
「そんなこと……僕には分からないよ!」
「お待ち下さい! 巽様!」
正体を暴かれるのが怖くて、僕はその場から逃げるように走り去った。