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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
十九章 罪と罰
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威厳と資格

―自室 朝―

 どうして、僕はここまで呪われているのだろう。どうして、僕は何も出来ないのにここに存在し続けているのだろう。どうしてどうしてと、何度も自分に問いかけてみる。でも、分からない。自分のことであるはずなのに、何も分からない。

 今まで当然のように重ねてきた罪、どうして平然とあんなことが出来たのか。どうして、今になってそれらの恐ろしさに気付いたのか。分からない。何一つ分からない。


(こんなことが許されるはずがない。僕は史上最悪の人間だ、生きてる価値もないくらい。なのに、どうして……)


「兄様ってば!」


 刹那、頬に伝わるピリッとした痛み。ハッとして前を見ると、僕の足の上に皐月が座っていた。どうやら、僕は皐月に頬をぶたれたみたいだ。


「皐月……? いつの間に?」


 若干、まだ頬が痛い。幼いとはいえ、強い力でぶたれると地味に響く。


「あ、やっと他の言葉喋った」


 視界の端からゴンザレスがゆっくりと現れた。この二人は、いつの間にいたのだろう。


「いつからいたの?」

「俺は結構前からいたんですけどねぇ~。何言っても『どうして』しか言わねぇから、もう面倒臭くなってきてたよ」

「皐月はさっきだよ!」

「ごめん、全然気づかなかった……何か用かな」


 二人がここに来た理由が分からない。会合とか開かれるのであれば、皐月ではなくて小鳥が来るだろう。ゴンザレスは、僕なんかの所より大人の小鳥の方に行きたいだろう。


「何か用かな、じゃねぇよ! こちとらお前がず~っとブツブツ言っててなんか怖いから監視しとけって頼まれて、渋々引き受けたんだよ。一時間は無駄にしたぞ。あ~もう大丈夫なら、俺用事あるから行きたいんだけど」


 ゴンザレスが引きつった笑顔で僕を見ている。いや、見ていると言うより睨んでいるだ。


「兄様は大変だったんだよ! もっと優しくしてあげてよ!」

「俺は男には厳しいから」

「むー……」


 目の前で喧嘩が始まってしまった。今度は二人の睨み合いだ。皐月の気持ちも勿論有難いが、ゴンザレスの負担になる訳にもいかない。


「皐月、ゴンザレスは他にやりたいことがあったのに、一時間近く僕なんかの為に時間を割いてくれたんだよ? もう十分優しいよ。これ以上、ゴンザレスの妨害をする訳にもいかないし……行っておいでよ。僕はもう大丈夫。ありがとう」


 これまでの出来事の中で、すっかり笑顔を作るのが僕の特技になってしまった。一度学べば、表情の作り方も大したことがない。我ながら思う、本当に何から何まで嘘つきだと。


「なんでそんな急に綺麗なことを……控えめに言ってキモイぞ」

「じゃあ、早く行けって言えばいいの? もし、ゴンザレスがキツイ言い方で命令されたりする方が好きならそうするよ」

「いやいやいや……そんな誤解を招く表現やめて!?」

「じゃあ、皐月が代わりに言う! ゴンザレス行くのじゃ!」

「ハハハハ、本当に皐月は語尾を変えるのが好きだね」


 少し前は「ござる」をよく使っていて、しばらく聞かなくなったと思ったら「~じゃ」になった。本とかの影響だろう。


「まぁ、いいや。俺は行きますよ~それではお元気で~」


 ゴンザレスは手をヒラヒラと振りながら、扉を開けて部屋から足早に出て行った。


「それで……皐月は何か用があったの?」

「ある!」

「うぐっ!」


 皐月は元気よく僕に抱き着く。勢いが凄くて、胃から何かが一瞬込み上げた。


「……なんだい?」

「あのね……ずっと前から閏とね、一緒にね、兄様のために用意してたものがあったの。だけど色々あり過ぎて今日出来ないんじゃないかって思ってたけど……なんとか間に合った! だから楽しみにしてて、今日の夜!」


 皐月は顔を上げて、満面の笑みで僕を見つめる。


「今日の夜? 今日じゃないと駄目なのかい?」

「うん、だって兄様の誕生日は今日でしょ? 渡すなら今日じゃないと駄目だから! 兄様は祝われるのは嫌いだから会は開かないんでしょ? でも、今回のは絶対に喜んで貰えると思うから! えっと……お誕生日おめでとう、兄様」


 そうだった。今日は僕誕生日だったんだ。そして、母上の命日――だから僕は祝われるのが嫌いだ。だって、僕が生まれなければ母上は死ぬことはなかったのだから。

 誕生日会も贈り物も、ずっと拒んできた。母上に申し訳ないから。


「……ありがとう」


 僕は一つ年を取った。二十一歳になった。この分だけ、僕は人生を全う出来ただろうか。いや、出来ていない。この人生の分を今、母上に返すことが出来るのなら是非返したい。


「兄様……どうして泣くの? やっぱりお祝いは駄目……?」

「皐月は悪くないよ……気持ちも嬉しい。だけど、僕にはその資格はないんだ……ごめん。少し一人にして貰っていい?」

「分かった」


 情けなかった。こんなに幼い妹にまで迷惑をかけ、心配させ、気遣わせている。兄としての威厳も、王としての資格も僕にはない。何も、僕にはない。

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