混ざる
―港町 夜―
「使える魔法が小さ過ぎるんだよねぇ、この人間は」
小吉さんは他人事のように、つまらなそうに言った。
「君みたいな面白い魔法を使える人間が良かったよ」
「いや……もうさっきから何を言っているのか全然分からないんですが……」
一応戦いの最中である。それなのに合間合間でそれを勝手に中断させては、また勝手に再開させる。そして、訳の分からないことを言い出す。僕の混乱を狙う作戦なのだろうか。
「あ~そうだねぇ。ごめんね? 我も我で色々混乱してて分からない。乗っ取るつもりが混じり合いになってしまってね。大変なんだ。それでも体の支配権は我にあるけど」
「もういいです。港に急ぐので」
港の方からは大砲を撃ち合うような音が聞こえる。もし手遅れになってしまったら、どうしてくれるんだろう。
「それは絶対ダメ、もう我は空腹で死にそうなんだよ……初めて出会った時、君は本当に美味しそうな匂いがした。目の前の女の子よりもずっとね。それなのに、君が我を封印しようとうするから焦ったよ……あの気味の悪い女に助けられた。協力を求められたが……する訳ないだろう? 色々あって元々の姿ではいられなくなってしまったが、今のご時世こちらの方がいい」
「まさか……」
小吉さんと初めて出会ったのは、確かに吉原。しかし、その中にいる恐らく別の存在と出会ったのは上野国で――。
「ちょっと分かって貰えた? 良かった良かった。変に混じってしまったせいで自身の口調とか性格とか記憶が滅茶苦茶になってしまったせいで、伝える力が著しく低下してしまった。まったく……お酒を飲んだ奴みたいで嫌だねぇ」
「混じったって……じゃあ、吉原で出会った時から既に……」
「そうだねぇ。だから再会した時は本当に嬉しかったよ。ご馳走がなんと、我の縄張りに来てくれたのだから」
小吉さんの目が輝き始める。僕と同じように黄色く。その目の輝きを見た瞬間、僕は目に激しい痛みを覚えた。目が焼けているかのように熱く、剣で目を突き刺されているような痛み。
「ぐ……うぅ、あぁ!」
すっかり自分の世界に入り込んでいる彼は、気にせずに語り続ける。
「しかし……不思議だね。今の君からは人間と獣が混じったような匂いがした。我はその理由を知っていたような気がするのだが、どうも思い出せないな。それに前出会った時、君の目の色はそんなだっただろうか? でも、美味しそうなことに変わりはない。美しい君の顔も拝めたし、それに血の装飾……狂いそうなくらい……いい」
(痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!)
その痛みは増長していく。
――我が本体……落ちぶれたものだね。まぁ、もう別の存在だな――
自身の荒々しい呼吸音に混じって、その声が聞こえる。
(助けて、どうしたらいいの。助けてよ。助けてよ。痛い痛い痛い痛い痛い痛い!)
――仕方ない。こんな面倒な奴、こっちが喰ってやるさ――
視界が黒く染まる。痛みとそれに伴う熱さが遠くへ消えていく。ぼんやりとした渦に、僕は飲み込まれた。