犯人は誰?
―ゴンザレス 医務室 夜―
絨毯に染み込む血。その中央に倒れる血が付着している以外は、比較的綺麗な藤堂さん。その藤堂さんの隣で倒れていた生きている子供の小鳥。その小鳥が持っていた血の付着した剣。
「あの……本当に本当に亡くなって……」
背後の興津さんが消えそうな声で言った。
「死んでますなぁ、うん」
藤堂さんの遺体を見つけて、かれこれ二時間程度経った。ちなみに、このやり取りは七六回目だ。どうしてもこの現実を受け止め切れないらしい。
「そんな……どうしてこんな時に……本当に小鳥ちゃんが?」
この発言も七六回目だ。
「いや~う~ん。状況的にはそうなんですがね、常識的に考えて子供が大人を殺せるのかってね。争ったような跡すらないし……なんか引っかかるんですよ」
「小鳥……」
母親が、若干血に塗れた小鳥を抱き寄せている。その目には涙が浮かんでいた。
(人の遺体を見て、ここまで冷静でいられる俺はどうかしてるな)
真っ青に生気を失った藤堂さん。口に手を当てても当然ながら息をしていない。どっかの鋭い探偵さんだったら、今頃犯人を見つけてるかもしれない。
(よりによって……って感じだよな。こんな混乱してる時に殺人事件なんてもう大パニックだよ。地下の巽の父さんにでも報告した方がいいのかなぁ……)
冷静でいられても、やはりあまりこの場所に長居はしたくない。臭いも酷いし、遺体の傷も――。
「あれ?」
遺体の傷の惨状を確認しようとした時、気付いた。
(どこからこの血出てるんだ?)
血は出ている。その血は、床いっぱいに広がって絨毯に染み込んでいる。小鳥の持っていた剣にもその血は付着していた。しかし、傷らしき傷は見当たらない。刺し傷もないし、殴られたような跡もない。
「ど、どうかされました?」
「あ? あぁ……いや~なんか変だなぁって。まぁ、さっきから色々変だなぁとは思ってたんですけどね。じっくり遺体を見て、改めて変だなぁって」
興津さんは、恐る恐るといった表情で俺の背後から顔だけ出して、藤堂さんの遺体を確認する。しかし、やはりそれが恐ろしかったのか、すぐに目を塞いでしまった。
「ひぃい!」
(なんで覗いたんだ……)
「よくじっくり見れますね……慣れてるんですか?」
「いやいやいや! 慣れてたらヤバイっしょ! ま、もう俺の精神崩壊してるのかもしれないっす。慣れてはないですよ」
俺を、ヤバい奴認定するのはやめてほしい。
「……そうですか。あ、あの……私もう行っていいでしょうか。地下に行かないと怖いですし」
目を覆い隠したまま、興津さんは言った。
「あ~、でもなんかあったら呼びますね」
「え?」
「だって諜報大臣でしょう?」
「なるほど……」
(大丈夫か? この人)
「分かりました。私は地下にいますから、何かあったら呼んで下さい。あの……このことって颯様には……」
「小さな声で伝えた方がいいかと思います」
「どうしてですか?」
「皆、不安になると思うので。地下は沢山守ってくれる人がいるので大丈夫だと思いますし。お願いします」
「分かりました……それでは……」
興津さんは立ち上がり、目を塞ぎながらカニ歩きで医務室から出て行った。
「傷もなく人を殺す手段なんて……あるのか?」
「もしかしたら……呪術かもしれません」
小鳥を抱き寄せる母親が言った。
「呪術? それって……」
確か図書館で勉強をしていた時だ。最初の頃、魔法とは何かを覚えるために魔法事典を見ていた。その中に記してあったはずだ。しっかりとは見ていないのだが。
「神と契約を交わし、相手を呪う魔法です。その代償もいくつか払わなくてはいけませんが……微かに感じるのです。呪術の痕跡を」
「名前からしてかなり物騒ですなぁ……使える人ってどんくらいいるんすか?」
「この国の者は、使おうと思えば皆使えます。しかし、今は法で禁じられております。ですから、もう使う人などほとんどいないのです」
「じゃあ、分かんないっすね……」
不特定多数の中からその個人。しかも、国民全体ときたもんだ。はっきり言って無理。探せない。これは犯人を特定するのはやめて、さっさと藤堂さんを弔う方針に切り替えた方がいい。
「いえ、この呪術……血祭を扱える人など限られています。これは――」
母親は顔を上げる。そして、俺の目を力強く見つめた。
「我が一族の女系のみに伝わる呪術です。そうなると、もう扱える人など限られています。母か、私か、それとも小鳥か……ですが、母も私も呪術などもう使える体ではないのです……隠すことなど出来ません。我が一族の失態……どうすれば……」
「は!?」
俺は母親の腕に抱かれる小鳥に目を落とす。小鳥の頬には、母親の目から零れ落ちる涙が降り注ぐ。
(こんなに幼い子が……?)
しかし、俺は思い出す。この世界にはもう一人の小鳥がいることを。
(あいつは今、どこにいる!? 待ち合わせ場所に急ごう!)
「ゴンザレス様!?」
一つの可能性、それを消す為に俺は医務室を飛び出した。