ペンダント
–自室 昼–
ゴンザレスの表情はまさに、見てはいけないものを見てしまった時の人間の顔だった。
「俺に一体これを……何を、どうしろと……」
申し訳程度に、僕から目線を逸らすのはやめて欲しい。
「違う! これは誤解だ! 美月、早く降りてくれっ!」
僕は必死に美月を押し上げようとしたのだが、この体勢のせいか上手く力が入らない。
「……見てしまったわね、生きては返せない」
いつもより低い声で、美月は淡々と言った。
「何でもっと誤解を招くようなことを言うのっ!? というか、もう招く気満々だろ!」
混乱と苦痛で熱が急上昇しそうだ。
「か、考え直せよ! 二人には婚約者がいるんだろ!? 俺はそう聞いたぞ!」
「あら? 誰からそれを……」
(もう嫌だ、二人の世界で勝手に何か盛り上がってるし。もう嫌だよ、頭も痛いし寝かせてくれよ)
混沌としたこの空間から誰か早く解放してくれ、というかまず美月をどうにかしてくれ、そう思っていた時だった。
コンコン、と優しくドアを叩く音が二人の声に紛れて聞こえた。
(誰だ!? あ、そう言えば、また昼になったら来ると言っていたな。彼女ならこの状況をまず冷静に考えてくれると信じたい。頼むよ。本当に)
予想通り入ってきたのは使用人見習いの彼女だった。
「失礼しま……す? えっ、あの、え?」
彼女もまた口をあんぐりと開けて立ち尽くした。それもそうだ、実の姉弟がこの状況である上、この馬鹿二人が意味深な言い合いをしているんだから。
「た、助けてくれ。この二人を黙らせてくれ。美月を降ろしてくれ……」
「あっ! は、はいっ! あの美月様、ゴンザレス様。お静かに……」
しかし、虚しくも彼女の言葉はゴンザレスによって搔き消される。
「――んだよ、紛らわしいこと言ったりやったりすんなよ~。は~びっくりした!」
「遊んだだけ、楽しかった?」
「楽しくはないな、うん」
「あの!」
彼女の大きな声でようやく、二人共彼女が来たことに気付いたようだった。
「おおっ!? あれ? お前誰かに似てるような、ないような……気のせいか?」
「あ、小鳥ちゃん、これは何も気にしなくていいからね。ゴンザレス、行くよ」
美月はそう言うと、ようやく僕の上から降りて、ゴンザレスの首根っこを掴んでどっかに行ってしまった。
美月は力が強い。かなり華奢だけど、一体どこからあんな力が湧いてくるのだろうか。大和撫子とは、真逆の位置にいる。
「あはは……嵐のように去って行ったね、迷惑をかけてすまない」
僕は、とりあえず彼女に笑いかけた。
「いえいえ! 私の方は全然大丈夫なので……あれ?」
彼女は、何かを見つけたようでその場にしゃがみ込む。
「どうしたんだい?」
僕も起き上がって覗き込む。
「これ……巽様のですか?」
彼女の手には、金色を基調としたペンダントがあった。そのペンダントは、所々に色鮮やかな宝石が散りばめられていた。
「いや、そんなの僕は知らないよ」
(見たこともない物が何故、僕の部屋にあるんだ?)
「そうですか、美月様かゴンザレス様のものですかね? 後で聞いてみます」
「嗚呼、そうしてくれ」
(美月の物か? 流石にゴンザレスはこんな可愛らしい物は持たないだろうし。でも、美月は……)
僕は何だか奇妙な気分だったが、気のせいだと思うことにした。




