僕自身
―黒煙の中 夕刻―
足の指は徐々に生えてきている。生え変わる途中を見るのは、少し気分が悪い。
(本当に凄いな……そういえば、ホヨはちゃんとやってくれただろうか。船に行った時に何も現れなかったら困るな)
指笛を鳴らしたら、ホヨの出番なのだが――本当にそれだけで現れてくれるだろうか。ホヨは大丈夫だと言っていたが、どうも信じきれない。それで駆けつけることが出来るのだとしたら、かなり耳がいいってことになると思うのだが。
「それより……あ、いたいた」
目の前では、僕に衝突してきたのと同じ体勢で宙に留まっている女性がいた。いや、実際には留まっているというのは誤りだ。よく見れば微かに動いているのが分かる。
僕は、その女性に近付いて人差し指で触れた。万が一の時に被害を最小限に抑える為だ。
しかし、特に何もなかった。ただ人という存在に触れただけ。体温を僅かに感じることが出来ただけだった。
「しっかりして」
そう声をかけても、彼女からは返答がない。
「そうだよね……フフフ……ハハハハハ! 声を出そうとしても、一つの音を出すのに何時間もかかるらしいからさぁ……これ。面白い魔法だろう? これが僕の国の魔法なんだ……君が僕の指を切ってくれたお陰で、君が正面から突っ込んでくれたお陰で強力な魔法がかけられたんだ!」
僕は、彼女を無理矢理起き上がらせ抱き寄せる。血の匂いに食欲がそそられる。肉を食べたばかりなのに、無限のこの食欲が嫌いだ。
「なんだか分からないけど……君は僕と同じ感じがする。ねぇ、たまに自分が誰なのか分からなくなることってない? 僕はずっとそうだった。情けないよね……駄目だよね、こんなのって。今やっていることも、まるで誰かに導かれてやっているみたいなんだ。おかしいよね、僕の意思のはずなのに……どうしてなんだろう」
勿論、返答はない。なくていい。なくても、それでいい。ただ今の自分の気持ちを誰かにぶつけたかった。誰にも言わない相手に。
「僕のやりたいことって、夢って、願いって、使命ってなんだろうって。たまに考えるんだ。でも、何も分からない。僕自身が……僕自身って何? 僕って何? 分からないよ、君なら分かる? 分かってくれるよね」
僕は、彼女の首に剣を持っていく。先ほど失敗したやり方だ。もう彼女は抵抗しない。したくても出来るはずはない。
彼女の顔を見る為、抱き寄せるのやめた。表情に大した変化は見られない。ただ、その瞳から抵抗の意思は感じた。
「分かってくれるでしょ……僕の為に、ここで死んで」
***
―城下町 夜―
すっかり日が暮れた。体力も魔力もすっかり元通りだ。元気過ぎるくらいに思える。道中ですれ違う者達は、この僕の様子を見て顔をしかめる。
(頑張った証なんだけどなぁ……まぁ、真っ赤過ぎか)
今の僕は色を赤しか持たぬ存在だ。僕が彼女と出会った時の印象を、道中すれ違う武者達は思っているだろう。
(さて急ぐか……どうなってるかな)
胸の高鳴りを感じながら、僕は港へと走って向かった。