立ち向かえ
―城門前 夕刻―
僕が城門前に到着した時、既に武者達は集まっていた。ただそこに闘志なんてものは感じない。不安、恐怖、絶望……それらが渦巻いている。
「ちゃんと集まってくれたんだ」
僕がそう言うと、一斉に皆はこちらを向いた。普段向けられている視線とは違う。憎悪、苛立ち、怒り……何も言わずとも伝わってくる。このままでは負けてしまう。精神的な面から負けていては駄目だ。
「いいんだよ? 嫌なら逃げても」
その直後、暗い表情を浮かべていた武者達に光が差し込んだ。
「良かった!」
「薩摩となんか戦いたくねぇよぉ~」
「そうだそうだぁ」
(皆すっかり平和ボケだね……)
「いくらでも逃がしてあげるよ、冥界に」
「え?」
再び武者達の表情が凍りつく。
「当然でしょ? 戦う手段をまともに持っている君達が戦うことを放棄するなんて……生活に使う最低限の魔法しか学んでいない国民達はどうなるの? 見殺し? 本来の君達の役目は、確か国と王の為に戦うことだったと思うんだけど。その役目を放棄した時点で、君達が武者を名乗ることは出来ないよ」
「それは……」
遠くでカラスの鳴き声が響く。刻一刻と、運命の時が始まろうとしている。
「巽様!」
陸奥大臣の声が背後から聞こえた。彼はすぐに僕の隣につくと、険しい表情でこちらを見た。
「陸奥大臣はどうする? 戦う前から怖気づいて逃げる?」
「私は……命を懸けてこの国を、国民を守ります。それが私の使命。部下達の分まで私がやります。ですから、彼らの命は……どうか」
陸奥大臣はその場に座り込み、そして額を地面につけた。
「聞いてたんだ?」
「申し訳ありません。盗み聞きをするつもりなどはなかったのですが……」
武者達は、どこかの大臣とは違っていい上司を持ったと思う。こんなにも頼れる人なんているのだろうか。ここまで部下を思ってくれる人がいるのだろうか。
「決めた! わしは陸奥殿と共に行く! 陸奥殿を一人で戦わせるなど……それに陸奥殿がいれば、わしは怖くない!」
一人の武者が刀を天に向けた。すると、それに賛同するかのように皆が徐々に同じように、それぞれの武器を天へと向けていく。
「嗚呼、そうだ!」
「陸奥殿と共に!」
陸奥大臣が頭を上げ、その光景を見つめる。
(僕の知らない所で、彼らは彼らなりに色々あったんだろうなぁ……じゃなきゃ、ここまで信頼されることなんて中々ない。土下座程度で、ここまでとはね。普段の陸奥大臣の行いがこれをもたらしたのか……ありがたい)
「お前達……」
陸奥大臣の声が震えているのが分かる。
「私どもも協力しましょう」
上からフワリと熊鷹が現れた。立派な大きな羽からは威厳を感じさせる。
「え? でも熊鷹は……」
「私は偵察、情報の伝達、怪我人の搬送、それと風を起こして吹き飛ばすくらいですかね。この国がなくなると困るとの鳥族の総意もありましたし、長もこの国を愛しておられます。そして、娘の為にも全面的に協力せよと。長のご意向は我々の意思。それと……美月様がお目覚めになられた時に色々聞く予定があるので」
(こんなにいい具合に物事が進むことって……まるで誰かに仕組まれているみたいだ)
「フフフ……海にも空にも陸にも味方がいる。なんて心強いんだろう?」
「巽様にも色々聞かなくてはならないのですが……それとこれは別。今はやるべきことを果たすまで」
「そうだね……良かった。誰も僕の手で冥界へ逃がす必要はなくなったみたい。さてと……始めようか」
***
―ゴンザレス 宿屋 夕刻―
「お前良かったのか? 父親に大人になった姿を見せて」
「大丈夫です、もう見えていません。声くらいしか分かっていません」
小鳥は微かに笑みを浮かべながら、どこか悲しそうに俯いた。
「そうか……武者の方は絶対大丈夫だ。陸奥大臣への信頼度カンスト状態であることはよーく分かってるから。鳥族の方は大丈夫か?」
「長の命令は絶対……なので大丈夫です」
「で、俺らはどうする?」
「手薄になる城を守りましょう」
「分かった。でも大丈夫なのか? 狙われてんじゃねぇのか」
「人が少ない時だからこそ、今しかありません」
すると、部屋の襖が突然開かれた。そこに立っていたのは亜樹、俺の世界では俺の彼女だった人だ。会話を聞かれてしまったのではないかと焦ったが、どうやらそれどころではないといった表情だ。
「た、大変! 薩摩国が! 地下に避難しないとって……あ!?」
ちなみにこの世界で顔を合わせるのは初だ。巡り合わせが悪くて中々会えなかったが。
「え、タミ? なんで? どうして?」
「あ? タミ? 誰だよ、それ。俺はゴンザレスだから! 避難ね、しないぜ。よし、行くぞ小鳥!」
「は、はい! 地下に絶対いて下さいね! そうすれば大丈夫ですから!」
「え!? え!? ええええ!?」
(こっちでも相変わらずって感じだなぁ……俺の世界の方の亜樹はどうしてんだろうなぁ)
走馬灯のように、思い出が蘇った。でもそれは、俺の中で全て偽りだ。思い出である前に、一つの黒歴史だ。