誰も報われない
―自室 昼―
僕は支配する、この国を。およそ十年前、あいつに教えて貰ったこと。自身の圧倒的な力で国を支配して、掌握する。あいつの存在は認めないが、父上の代わりに説いてくれた王としての在り方は認める。頂点に立つ者は、力を誇示しなくてはならない。国民からの信用を得て、他国への存在感を与えることが出来る一つの手段。
あいつに教えて貰って数年後くらいに、父上は僕に王としての心構えを説いてくれた。急に部屋に呼び出された時は何事かと思ったが。その時父上に教えて貰った心構えと、あいつに教えて貰った王として必要なこと……そのどちらも実行しているつもりだ。
(国を支配するためには邪魔者を排除していかなくては……藤堂さんは少し何か気付いていそうな所もあるしね。僕のこの目を見て、色々言われても困る)
だから、奇病の研究という建前の下に藤堂さんを上野国に行かせるのだ。拒否することは認めない。
(僕くらい超えてくれゴンザレス……去り際も考えないとね)
自身が強くなるのは勿論だが、本当の僕になって貰うためゴンザレスの強さも必要になる。前のことを思うと急成長を遂げている。遂げ過ぎている。元々器用な奴だったのだろう。
「影武者が本物に……か。フフ」
それと、僕らしさももっと鍛えて貰わないといけない。ずっと、僕として生きていくことになるのだから。僕がいなくなった後の世界を想像するのは楽しかった。他人事の気分で勝手に考えることが出来るから。
「おーい! 巽さんよぉ~いるのは分かってんだ。出てこいよ~!」
そんな楽しい時間を、いとも簡単に打ち砕いてくる奴が来た。ゴンザレスだ。
(いつもこういう時に来るよなぁ……僕じゃなかったら一番最初に追い出してたよ。とりあえず無視しよう)
僕は椅子に座ったまま、目を固く瞑って現実世界からの逃亡を試みたのだが――。
「巽さん! 巽さん! いるのは分かってんすよ! あれ? 鍵かかってないですねぇ~これは俺侵入していいってことだよなぁ~! よっしゃ!」
力強く開けられたであろう扉が壁とぶつかった音がした。と同時に、床で演奏でもしているのかと思うほど足音を踏み鳴らしながら、こちらにゴンザレスが近づいて来ているのも感じた。
「へいへいへいへい! 俺は今から名推理をする!」
近くで足音がとまった。僕は、体を不自然に動かしてしまわぬように気を引き締めた。
「二度寝も昼寝も基本的に出来ないのに寝ているのはおかしい! そして、目を瞑ってても目が動いているのが分かる! よってこれは嘘寝!」
その言葉の直後、卵が腐ったような激臭が鼻を襲った。息をしてはいけない、本能的にそう感じ取った。
「うおぇっ!? げほっげほっ!」
臭いが鼻で充満し、寝たふりを続けることが出来る状況ではなくなった。込み上げてくる吐き気、食べた物をここで散乱させてしまいそうだ。
(空気の入れ替えを!)
地を這うように僕は駆けって、窓を開けた。刺激臭が徐々に薄れていくのを感じる。綺麗な空気がそこにあることに感動した。それくらい臭かった。
「やっぱ起きてんじゃん~嘘寝くらい餓鬼の時に取得しとけよな~経験不足もろバレだぞ~」
空気の入れ替えを終えた僕はゴンザレスの方を向く。ゴンザレスは、満足気に仁王立ちをしていた。
「殺す気か?」
「臭死ってか? 笑い者ですなぁ、歴史に面白い奴として名を残せるぞ!」
「ふざけるなよ……」
「もう! 冗談通じないんだから! 固い頭してるんだから! 俺が柔らかくしてやりてーよ」
「余計なお世話だ。これから忙しいんだ。色々考えることがある」
(本当にこいつは何しに来たんだ? ただ邪魔にしに来ただけだろ)
「……考えるって薩摩とのことか? 本当に戦争するつもりなのかよ」
突然、ゴンザレスは重々しい口調でそう言った。
「何故知っている?」
「俺は知ってる、悟れよ」
「フフ……大人の小鳥からか、そうか」
恐らく、ゴンザレスの本当の目的はこっちだろう。真剣な目で、ただ僕を睨みつけている。怒りを隠し切れない、そんな感じだ。
「何笑ってんだよ? 色んな奴の命懸かってんだろうが!」
「だったら何?」
「……あ?」
「お前には関係ない。この国のことは全て僕が決める。皆黙って従ってくれたらそれでいいんだよ……」
『違う……違うっ!』
耳元で聞き覚えのない女性の声がした。悲しみと怒りを混ぜた口調、はっきりと聞こえたがここには女性はいない。
「救いようがねぇな……マジで。可哀想だな、報われん。母親も小鳥も」
ゴンザレスはそう吐き捨てるように言うと、荒々しく扉を開けて出て行った。