友達とは程遠く
―自室前 昼―
陸奥大臣に命令し終えた後、僕は自分の目の様子を確認する為に部屋の前へ来ていた。
(どうやったら治るんだろう?)
目を押さえてみる。特に痛みなどの異常は感じられない。しかし、この状況を放置し続けるのは良くない。直感的にそう感じた。
この国の人間はともかく、外国から来た人間達はすぐに人を疑い信じない。僕にとって不利だ。
(とりあえず中に入って――)
そう考えながら、扉の取っ手を引っ張った時だった。
「ホヨー!」
「うぐぅ!?」
扉の隙間から、黒く大きな物体が勢い良く飛び出して来た。その物体は僕に飛びついて、視界を真っ黒に染めた。
「息が苦しいっ……!」
「会いたかったホヨ~! 久しぶりホヨ~!」
「分かった、分かったから!」
僕は、何とかその黒い物体を引き剥がす。大型犬みたいなのに突然、飛びつかれると体勢を保つのが大変だ。
「巽ー!」
「と、とにかく部屋の中に入ってくれ……ここじゃ色々アレだから」
僕はホヨを飼っていることを誰にも言っていない。これからも言うつもりなどない。
「分かったホヨ!」
ホヨは僕から離れて、少し開いた扉の隙間から部屋へと入って行った。四本足で走って行くその姿は、まさに犬だ。
(犬って言ったら怒るけど……やっぱりどっからどう見ても犬だ)
そんなことを考えながら、ホヨの後を追って部屋に入った。
「僕が入る前からいるって分かってたの?」
「当たり前ホヨ! だって、く……巽の”におい”は分かりやすいホヨよ」
「分かりやすい、か」
嗅覚で判断しているのなら、やはり犬なのではないかと思う。言わないが。
「それより巽……その目はどうしたホヨ?」
ホヨは俯いた。
「あぁ……これはオシャレだよ。いいだろう? ホヨは気にしなくていい。そういえば、亜樹の方はどうかな」
僕は満面の笑みを作った。
「亜樹は、文字を使いこなせるようになったホヨ!」
ホヨは、顔を上げて嬉しそうに笑った。
「毎日ちゃんと行ってるんだね」
「勿論ホヨ! 亜樹と一緒に過ごすのはとっても楽しいホヨ」
「そう……それは良かった」
怪我をしていた僕を見つけ、助けてくれた彼女には感謝している。正直、見捨ててくれても構わなかった。それでも良かった。
だけど、一応命であることに変わりはない。だから、これは恩返し。
「それと同時並行の狩りも順調?」
「順調ホヨよ、だけど……」
「だけど?」
「最近、獲ってきた獲物の減りが凄く速い気がするホヨ……一体何に使ってるホヨ?」
そう言うと、再びホヨは俯いた。
「ホヨには関係ないだろう? 黙って僕の為に、動物を狩ってくればいいんだよ」
どうしてホヨが一々そんなことを聞いてくるのか分からなかった。
「ホヨ……」
「出来るよね? 僕の命令は絶対なんでしょ? これは命令だよ、ホヨ」
そう、主の命令はフィデリタス種にとっては何よりも重要。そこにホヨの意思は一切関係ない。僕らは友達である前に、主従関係で結ばれた存在。
だからこそ、僕は薄々感じていた。この関係はきっと本来の友達とは程遠いものなのだと。
「分かってるホヨ……」
何かを押し殺すような声で、ホヨはそう呟いた。