胸が躍る
―夕景の間 昼―
「お前……その目はどしたんじゃ?」
慊人が怪訝な表情で僕を見る。
「目?」
(僕の目がどうかしたのかな?)
「なんで黄色になっとんじゃ」
「……あぁ」
シャーロットさんから聞いた。僕達みたいに変な技術を使われた人間には、目にその副作用的な物が共通して現れると。僕の場合は、どうやら目の色が変わることみたいだ。
しかし、これは厄介だ。ここまで露骨に現れると怪しまれてしまう。
「これは、そうだねぇ……オシャレみたいなものだよ」
「男の癖にそんなことをしとるんか?」
「男だって身だしなみは整えないといけないでしょ? その一環だよ……フフフフ」
慊人が馬鹿というか、まともでなくて良かったと思う瞬間だった。しかし、これからが問題だ。いつになれば、この目が治るのかが分からない。他の人への誤魔化し方を考えなくてはいけない。
「ほう、急にのぉ……変わったオシャレもあるんじゃのぉ。余はちっとも興味ないわ」
そう言いながら、慊人は自身の坊主頭を何度か撫でた。
「フッ……まぁ、そうだよねぇ。昔から君はそういう人間だったもんね。で、話を戻すけど、僕らはどうやって国を守るの?」
「あん? そんなんその時にならんと分からんじゃろ」
「正気?」
まさか、これほどまでだったとは。慊人は感情のままというか、行き当たりばったりの行動が多い。それで何度苦労させられ、何度痛い思いをしてきたか。ましてや、今回は国のことが関わっているのに。
「正気に決まっとろうが、一々細かいことを考えるのはたいぎーんじゃ! それに薩摩国の軍隊の八割が雑魚、一割が普通、一割が楽しく戦える相手じゃけ、なんてことないじゃろうが。それに皆でハラハラとした気持ちで戦える方が楽しいじゃろう。事前に色々考えても疲れるだけじゃ」
「あっそう……」
(まぁいいか、いざとなったらこの世界ごと消してしまえばいいんだから)
「本当に向こうがくる日付とか分からない?」
「余の戦艦が監視しとるでの、海の方は来たら分かるわ」
慊人は、やや面倒臭そうにそう答えた。
「使用人だけで大丈夫なのかい?」
「不良品の船にやられとるようじゃ、余の使用人としては失格じゃの。死んでもなんの問題もないわ」
「ハハハッ! 慊人は本当に面白いね」
命の価値、きっと慊人にはない概念だのだろう。
「あん? どこが面白いん?」
「フフ、気にしなくていいよ。それより急いでこのことを皆に伝えないとね……」
***
―廊下 昼―
「巽様!」
僕だけが部屋から出た。慊人はもう少しふかふかな椅子の感覚を堪能したいらしい。
すると、遠くから陸奥大臣の声がした。大きな音を立てながら、目の前までやって来ると僕を見て驚愕の表情を浮かべる。
「巽様!? 一体、その目は……」
どうやら、この目は治っていないみたいだ。
「オシャレしてみただけだよ。それより……これからとっても面白くて楽しいことがあるんだ」
「は……?」
「武者達に言っておいて……」
僕は、陸奥大臣の耳元に口を近づけ囁いた。
「僕らの強さを証明出来るいい機会になる、君達の血と悲鳴と絶望が……僕らの国を守る盾になる。これから戦争が始まるよって」
僕がそう言った瞬間、みるみるうちに陸奥大臣の顔が青ざめていくのが分かった。僕は陸奥大臣の耳元から口を離し、陸奥大臣を見る。
「これは命令だよ。薩摩国との戦いに、しっかり備えてね。嗚呼、胸が躍るな!」