最悪な日に最悪なこと
―自室 昼―
「……ま! 巽様! 大変です、起きて下さい!」
「んん……?」
目を擦る。小鳥が切羽詰まった表情で、こちらを見ているのが分かった。そして、よく見れば格好は寝巻き、加えて髪はかなり乱れている。
「じ、時間が! 今日は、これから安芸国の慊人様との会合が……」
小鳥は震えながら時計を指差す。
「時間が一体……はぁ!?」
呼吸がとまるかと思った。いや、半分とまりかけた。時間は既に昼の十二時を過ぎている。慊人が到着予定だと言っていたのは十二時。
つまり、今からではどんな手段を使っても間に合わない。もう間に合う、間に合わないの問題じゃない。何故なら、もう過ぎてしまっているから。
「言い訳ではないんですが……皆が一斉に寝坊と言いますか……私もついさっき起きたんです。どうしたらいいのでしょう。皆、混乱してしまっていて……」
「とにかく早く着替えて、港まで行くしかないだろ!」
「その……もうこちらに向かわれてるそうで……伝書鳩で届きました」
「なんて書いてあったんだ?」
「『いい度胸しちょるじゃん。待っとれ』と」
「なんてことだ……」
その言葉だけで十分なくらい分かった、この国の危機だと。
「とにかく、皆急いで着替えるように言ってくれ。それと何があるか分からないから、危機管理は徹底しといてくれ……はぁ……」
慊人は常識なんてものがない、頭の螺子が数本外れたような男だ。
それによる被害は数え切れないが、あえて一つ挙げるなら、昔会った時に僕が敬語で話しただけなのに、突然鉄の塊で頭を殴られたことだ。殴った理由は、敬語が気に食わなかったかららしい。当時は医療なんてなかったから、ずっと痛い思いをし続けていた。
「慊人様は、そんなに危険な人なんですか?」
「危険、爆発物取扱注意の張り紙が欲しいくらいさ。それに、今回も急に向こうから会合を要求してきたんだ。会合しないんだったら国を貰うとか訳の分からないことまで言われて……しかし、まぁ最悪な奴に最悪なことをしてしまったのも事実だ。とりあえず謝るよ」
「そうですね……では、私は身支度などをしてきますね」
「嗚呼、頼む」
(僕も着替えないとな)
小鳥が出て行ったのを確認した後、あらかじめ用意してあった服を手に取った。
(うっかり敬語で話したり、さん付けしないようにだな。命が危ない)
これからの注意事項を頭の中で考えていく。
(まずは謝るべきだよな……常識的に考えれば。ただ、その常識が慊人に通じるんだろうか。謝ったら余計怒られたりなんてことも……いや、もう色々考えるのはやめよう。何も出来なくなりそうだ)
慊人が怒るのを想像するだけで、体の節々が痛くなる。
(それにしても急に会合って一体何があるんだろう……いいことではないだろうなぁ。憂鬱だ)
袖に腕を通す。王としての僕の時間が始まった瞬間だ。