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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
十六章 何度私を忘れても
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一から最初から

―廊下 早朝―

(どうして涙がとまらないんだ)


 この剣を振り下ろして、これを殺せばいいだけのはずなのに。何故か体が動かない。


(殺さないと……でも殺したら……)


 目の前の女性は、そんな僕をただ見つめている。優しい瞳で見守るように。


「何をしとんよ! はよ殺しんさいや!」


 紗英の怒鳴り声が聞こえた。それと同時に頭の中がボーッとして、また何かが溶けていく感じがする。


(なんの為の剣なんだ? 僕はどうしてこの剣を握ってる? これを殺す為なのに、なんで僕は殺すことに迷ってるんだ?)


 振り下ろせば、それでいいのに。僕の心がそれを拒んでいる。だから体も動かない。これを斬り捨てられない。


「巽さん……」


 目の前の女性は口を開く。


「私のこと……分かる?」


 その声を聞いた途端、締めつけられているように感じていた体が解放されていく感じがした。


「分からない……分からない……」


 頭が痛くなってくる。そして、涙もさらに溢れてくる。持っていた剣が、床で丸まって倒れていた男のすぐ隣に落ちる。


「うわ、危ね! ったく……さ~てと、俺はあの得体の知れねーヤベー奴を相手しに行きますか……お前の歌のお陰で、肉体的痛みが消えたよ。じゃ、やってくる。頼んだぞ、琉歌」


 そう言うと、その男性は体を起こして足早に紗英のいる方向へと向かっていった。


「琉歌……?」

「思い出したの!?」


 彼女は嬉しそうに僕を見つめる。琉歌というのは、この女性の名前のようだ。


「君の名前か……」

「……うん」


 僕の返答が彼女の期待にそぐわなかったようで、悲しそうに頷いた。


「た゛つ゛み゛ぃ゛い゛い゛!」


 後ろの方から紗英の叫び声がした。


(助けに行かないと……紗英が……)


「行っちゃやだ」


 女性が僕の腕を掴む。その華奢な体で、最大限の力を出しているのだろう。それでも簡単に振り払えてしまいそうだ。でも、僕にそれは出来なかった。


「ねぇ、君は何者なんだい?」


 彼女の純粋な想いが、僕をこの場に縛りつけているような気分だった。


「私は……巽さんの婚約者。幼い頃からずっと、出会った時からずっと、巽さんを愛してる」

「僕が? どうして?」

「それが決められたことだったから。でも私達は愛し合っていた、必然でも偶然だったの。私の一方的な想いになるって思ってた、覚悟してた。それなのに、巽さんが私を愛してるって言ってくれたから……他の女の人に巽さんが取られるのが、とっても悔しかった。寂しかった。苦しかった」


 彼女は涙を流し始める。


「覚えてないよ……分からないよ。どうして僕も君も泣いているのか、分からない。この涙の意味が分からない。何も分からない……何も覚えてない……」

「大丈夫」

「え?」

「また一から思い出を作ればいいの、巽さんが忘れた私との思い出は私が覚えているから……一緒に思い出を作りましょう」

「琉……歌……あ゛あ゛!」


 頭と体が痛い。引き裂かれてしまいそうだ。立っていられなくなって、僕はその場に崩れ落ちる。


「邪魔せんでやぁあああ! 返せ! 返せ!」

「一番邪魔なのはお前と俺なんだよ! 静かにしろ! 返せとか、元々お前のじゃねーだろ!」

「紗英……」


 僕は、痛みに耐えながら顔を向ける。すると、朝日に照らされ苦しんでいる紗英がいた。紗英はすぐに見ていることに気付いたようで、僕に手を伸ばし叫んだ。


「助けにきんさいやぁあああ! くそが!」


 朝日に照らされた顔は徐々に崩壊していく。皮膚が溶け、肉が落ちて、骨が見える。眼球が転がって、骨も砕けていく音がする。


「嫌っ!」


 琉歌が僕の腕を掴む。


「てめーは終わりだ。地獄で待ってろ」

「いや……うちはまだ……あ――」


 紗英は床に吸い込まれるように消えて行った。すると、黒い蝶がどこからともなく現れて僕らの周りを舞った。


「い゛っ!」


 瞬間、体の痛みが限界に達した。意識が薄れて、床が迫ってくることだけは感じた。


「巽さん!」

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