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僕は僕の影武者  作者: みなみ 陽
四章 与えられた休養
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目の前に広がる本の世界

―自室 朝―

 僕は、古ぼけた本の表紙に目を落とす。


(さっきは、思いにふけり過ぎて結果として読めなかった……今度こそ)


 表紙は、全体的に濃い茶色を基調としている。そして、その中央には薄い茶色で描かれた扉とペンダントらしき装飾品を身につけた少年が、その扉の前で眠っている様子が描かれている。本の表紙の上の方に、金色の文字で『小さな救世主』と書かれている。

 この本の不思議な所は、その扉の絵だけは色あせている様子もなく、ずっと綺麗なままであることだ。


(似ている。あの開かずの扉と)


 数年前、僕は城の図書館でこの本を見つけた。何故、手に取ってしまったのかは分からない。周囲の本も同じように古ぼけていたし、その時はこの本が特別どうだったとかではない。ただ、なんとなく気になったから取った、それだけだ。

 しかし、この本を手に取ってから偶然だろうが、今まで以上に多忙になり、この時まで僕はその内容を読むことは出来なかった。


(でも、今なら)


 僕はゆっくりと本を開いた。古い本の独特な臭いに僕は襲われて、思わず鼻を塞いだ。さらに、紙は黄ばんでシミも酷い。虫の死骸のようなものもある。


(管理しているのかしていないのか、よく分からないな)


 と言っても、これは仕方ない部分でもある。人手が足りないのだ。やるべきことが多すぎて、あまり人員を増やせないのが現状だ。確か、本の管理委員は六名ほどだったと思う。それも高齢の者達、あれだけの本を一々綺麗にすることは出来ないだろう。

 そして、ゆっくりと本をめくった。そこから、この本の世界に引き込まれてしまうのは一瞬だった。

 本の汚さとか、そんなことすら気にならなくなった。流れるように内容が入ってくる。


 少年は、ペンダントから響く細くて柔らかい弦楽器のような音色に導かれ、扉の向こうの異世界へと旅立った。そこで、少年は、導かれた意味を知った。その少年はあらゆる脅威に立ち向かい、その世界の救世主となったのだ。しかし、少年は同時に犯した自身の罪にも苦しんだ。全てが終わった後、かつていた世界に戻った少年は――。


「あ……れ?」


 そして気付いた。いつの間にか僕の手元から本が消えている。その代わり、僕は見たことのない空間にいた。大きな木の前に木の扉、そして少年が目の前にいる。


(まるであの本の中の世界。いや、あの本の世界そのものだ……夢を見ているのか?)


 僕は、思いっきり頬をつねってみた。


「痛ッ!」


 うっかり爪で抓ってしまった。すぐに消えるだろうが、かなり痛い。現実と全く同じに鋭い痛みを感じる。


(まさか!? でも、そんなはずは……)


 僕は結構大きな声で叫んでしまったのだが、少年は気付いていないようだった。

 そして、少年はその扉の前でペンダントを開く。ペンダントからは、柔らかな優しいゆったりとした綺麗な音が聞こえてきた。


(本に書いてあった音色、細くて柔らかくて弦楽器のような……ペンダントから……)


 すると、少年はその扉の前に座って目を瞑った。しばらくして、その少年に異変が現れた。少年は光に包まれていくのだ。


「なっ、どうなって!?」


 信じられない光景の中、信じられない現象が起こっている。やがてその少年は透き通って光と一体となり消えていく。

 僕は慌てて、その消えかけている少年の所に駆け寄った。少年は悲愴な表情を浮かべているように見えた。


「大丈夫か!? おい!」


 その少年に触れようとしたのだが、僕の手は少年の身体を擦り抜けた。悲しいことに、姿も声も今の僕にはないのだ。

 綺麗な音色の終わりが近付いているのに気付いた。さらに、少年は目を凝らさないと見えなくなってしまっていることにも。


(これが物語の終わりだとでも言うのか? その世界を救う為、他の世界を蔑ろにしてしまった少年は……)


 そして、その音が止まったと同時に少年はいなくなった。


「あ、あぁ……」


 情けない声が漏れる。でも、気付いた。そこに、少年が持っていたペンダントが残っていることに。僕は、それを手に取った。

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