永久に忘れぬ歌
―琉歌 廊下 早朝―
力の差は歴然だった。既に肩で息をしているゴンザレスさんと、ゴンザレスさんの繰り出す攻撃を何食わぬ顔でただただ受け止めている巽さん。ゴンザレスさんの攻撃が当たったのは、最初のお腹を蹴った時だけだった。
(このままじゃ……ゴンザレスさんが……)
「ああああ、もう! 腹立つ! 半笑いで殴られたりするのもくっそムカつくけど、真顔で淡々と攻撃止められるのもめっちゃ腹立つわ!」
ゴンザレスさんの拳が空を切る。そして、体勢を崩した瞬間を巽さんが横から力強く蹴り飛ばす。ゴンザレスさんは、私の目の前まで吹き飛ばされてきた。無事を確認する為、顔を覗き込む。
「普通だったら肋骨逝ってるわ……ついでに死んでるわ……」
焦点の定まらない目で、ゴンザレスさんは上を見つめている。ブツブツと言いながら、先ほど蹴られた胸部をさすっている。
「大丈夫!?」
「意識が朦朧とするくらいだからなんてことないぞ……ハハハ、琉歌分裂したのか」
「やっぱり大丈夫な訳ないよね……変な質問してごめんなさい」
ゴンザレスさんは、かなり危険な状態であることが分かる。一体、どれだけ無理して巽さんと対峙していたのだろうか。私には、想像もつかない。
「いや……大丈夫だって。マジで。てか、俺がここにいたらお前が危ないよな……待ってろ、今すぐ起き上がって巽をぶん殴りに行くから……」
そう言って、彼は身を起こそうとする。
「あ゛あ゛あ゛! 骨が粉砕する!」
ゴンザレスさんはうずくまる。
(私に出来ることは……治療? いいえ、そんな知識なんてない。私が代わりに巽さんと? いいえ、そんな度胸も力もない……私に出来ることは――)
そう考えている間にも、巽さんがゆっくりとこちらに向かって来る足音が聞こえる。悩んでいる時間なんて本来ならないのだ。
(私はなんの為にここに来たの? 歌を歌って……ゴンザレスさんの手助けを少しでも出来るようにする為でしょ? 何をただ見ているの、何を怯えているの? 今この瞬間私にしか出来ない、やれないことがあるのなら……それをやらなければいけないでしょ?)
震えてまともに歌えないかもしれない。この歌は、巽さんには届かないかもしれない。私しか覚えてない歌だ、気付いてはくれないかもしれない。
自分の胸に握った両手を運び、目を瞑る。これが私の役目。私は歌う。
「遠く輝く太陽にあたしは手を伸ばす……遠く輝く海に私は手をかざす。同じ輝きを求めた二人、波の煌めきに誘われる♪」
(目を覚まして……思い出して……)
「海に誓った二人で、これからも永久にずっと一緒だよと。その誓いが許されない罪だったとしても、それでも貴方じゃないといけなかった。密かな背徳の愛に溺れて、夢を見る♪」
(誰も傷付けないで、貴方も傷付くのよ)
「罪に罰が下されて、あたしは海に還る。愛し合った記憶も、全ての思い出が奪われ海へと溶けてゆく。私は土へと埋められて、還る時をただ待つのみ。記憶と思い出が薄れゆくのを感じながら♪」
(思い出して、私との思い出を。忘れないで、私のことを)
「この歌が誰にも届かなくとも、私はこの歌を永久に紡ぎ続ける……小さな祈りの歌を。私は永久に紡ぎ続ける……小さな願いの歌を♪」
(巽さん……お願い)
「思い出が全て溶けても、記憶が消えて行っても……この歌は永久に忘れない。二人愛し合ったこの日々を♪」
目を開けると、私に向かって剣を振りかざしたまま硬直し、涙を流している巽さんがいた。




