その覚悟はとても大きい
―琉歌 大広間 夜―
ゴンザレスさんに連れられて、私は大広間に来ていた。涙はまだ溢れていたが、さっきよりは落ち着いてきた。珍しく誰一人としていないここで、私達は机を挟んで向かい合う。
「まだ十一時くらいだってのに、珍しく誰もいねぇな。こんなにひっそりとしてたことあるか?」
「ない……かな、私の記憶の限りでは」
この大広間にも必ず人はいつもならいるはずだし、廊下も使用人の皆が忙しなく動き回っているはず。それがなくなったのは、今日の昼頃。突然、人の姿が少なくなった。皆一体どこに行ってしまったのかと思うくらいだ。
お義父さんも先ほど偶然出会っただけで、今日の昼からは一度も見かけなかった。英語を教えてくれた美恵子さんも、急に部屋から出て行ってしまったし。
「なんかさ、色々違和感を感じるっていうか……体がむず痒いし、フワフワするし、とにかくキモイんだよな。分かるか?」
「同じ! 私と!」
同じ感覚の人がいたのが嬉しくて、思わず大声を出してしまった。
「やっぱり……ってことは、なんかよく分からん現象の影響を受けていないのが、俺とお前だけってことかな」
「よく分からん現象?」
「とんでもなく強力な力と、とんでもなく欲望に満ちた力が合わさってこうなってる。だから、皆おかしい。色々聞いた結果、さっぱりピーマンだったからどう説明すればいいのか分からんが、どうやら城全体に変な魔法がかけられているらしい。それに加えて巽には、よりいっそう強力な魔法がかけられているみたいだ。しかも、それは個人の作り出した魔法らしい。巽をまず救うには、欲望を打ち砕く必要がある。変な女をぶっ倒し、尚且つ巽に絡む欲望の糸を解くんだ」
(欲望の糸……魔法……)
「それって私にどうにか出来ること?」
「え?」
「私……魔法なんて使えない。使ったこともないし、使い方も分からないよ……」
私のいた国では魔法なんて存在しなかった。巽さんが魔法を使って初めて魔法というのを、この身で実感した。それから一人で少し巽さんの真似をしてみたものの、一回も成功しなかった。
それに、本に書いてあった。魔法を打ち砕くのは魔法であると。それなら、魔法の使えない私には何も出来ない。
「使えるだろ」
ゴンザレスさんは何を言っているんだ、と表情でそう訴える。
「何度かやってみたけど全然出来なくて……私には素質が……」
「何も魔法ってのは、この国で使われているような奴だけじゃねぇ。例えば……そうだな歌術ってのもある」
「歌術?」
聞きなれない単語だった。
「そ、歌でどうにか出来る。お前声綺麗だしさ、出来そうじゃね? ちょっと歌ってみな」
「歌うだけでいいんですか?」
「おう」
「分かりました」
空気を吸い込みながら、何を歌うか考えた。頭の中によぎったのはあの時の歌だ。私が一番得意で、幼い頃から好きだった歌。
(これなら……)
「この歌が誰にも届かなくとも、私はこの歌を永久に紡ぎ続ける……小さな祈りの歌を♪」
それから夢中になって私は歌った。あの時のことを思い出すように。
「上手い! 心が泣いた!」
歌い終えると、大広間に拍手の音が響いた。
「ありがとう……でも、これはただの歌だよ」
「いや、ただの歌じゃなかったぞ。お前にとって自覚はないみてーだが、これは手間が省けてラッキーだぜ!」
「え? どういうこと?」
「お前の歌には魔力がある! 歌ってる最中、歌に力を感じたんだ。俺もここまで色々判断出来るようになるとはな~成長したわ~。朝になったら巽のとこ行くぞ、お前にもガッツリ協力して貰う必要があるからな!」
「え!? 協力!? む、無理だよ……私なんかじゃ力不足で……」
「出来る出来ない、力不足力過剰とかそういう問題じゃねーから! やるんだよ! てか、やって貰わないと色々と困る! 大丈夫、お前は本当に歌ってくれていたらいいんだ。ただ……巽のことだけを想いながら」
私の歌に魔力なんてあるのだろうか。あの時私の歌では――。
「お前は一人じゃない。一人で傷付くな、俺が一緒に傷付いてやる」
ゴンザレスさんは、はにかんだ。
「俺がいる、って言ったろ? 巽を元通りにしたいだろ? 皆を助けたいだろ? お願いだ、やってくれ」
今度は頭を下げる。ここまでしてくれているのに、私の心情で断ってはいけないと思った。
「……分かった。私の出来る範囲で一緒にやろう」
自信はない。だけど、やらないと何も変わらないのなら私はやる。




